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『剣遊記閑話休題編U』

第四章 ヴァンパイア娘、危機一髪!

     (1)

「な、なんのことですか!? なばんごつ変なことば言い出して……☠」

 

 反射神経的に彩乃から五歩も身を引いた祐一の顔は、たった今まで優しく滝を解説していた感じとは、まったく打って変わったモノ。明らかに青ざめた表情となっていた。

 

「ぼ、僕があーたば殺そうっちした犯人ですってぇ? たとえそれがジョークであったかて、性質{たち}が悪ければ腹かくごつありますよ♨」

 

「ジョークなもんですか♐」

 

 ところがそんな祐一とは正反対。彩乃は瞳を思いっきり輝かせた気分で、きっぱりと言い切った。

 

「わたし、さっきわたしば襲った犯人に、噛みついてやったとばい♠ 自慢やなかけど、そいつの左手にやね♦♧」

 

 ハッとしたかのように、祐一が自分の左手を、改めて見つめ直した。白い包帯が巻かれている、左手の甲を。

 

 しかし祐一は開き直った。

 

「こ、これがどぎゃんかしたとですか? これはさっき、鎌で切った傷やっち、僕が言うたでしょうが……☃」

 

 それでも彩乃は怯まなかった。

 

「わかりやすか証拠ば、だんだんおーきん♥ ところがなんやけど、お店ん人に尋ねたら、祐一さんは庭の手入れなんか、一回もしたこつなかっち言うとばい☞ ついでにわたし、あのあと店の用具室ば行ってなおされちょう鎌ば全部まめなか調べたとやけど、血の臭いが残っちょう鎌なんて、いっちょん無かったとばってんねぇ☛」

 

 などと彩乃は自慢げに吹聴したが、これはヴァンパイアにしか成し得ない、一種の芸当――得意技と言えた。なにしろふつう、洗ってしまえば並みの人間には血の痕跡など、まったくわからないはず――なのだが、ヴァンパイアならばわずかにでも残っている血液の香りを、絶対に見逃さない――いや嗅ぎ残さないのだ。だけど、この程度のハッタリでは、祐一はまだまだ動じなかった。

 

「……さ、さすがはあごが立つヴァンパイアのお嬢しゃんですねぇ……ばってん、鎌なんちこの世にほうらつか(熊本弁で『たくさん』)あるでしょう♨ 例えば隣りん家から借りることもできるとやし……それに僕かて店の後継者として、庭まで手が回らんくらい、不思議やなかでしょうが……♨」

 

 これに彩乃は、正直業を煮やした。それからすぐに、ピョンと軽くジャンプ! 祐一に飛びかかった。

 

「ちょっと、見せちゃり!」

 

 いきなり祐一の左手に全身でつかみかかり、強引に包帯をむしり取った。

 

「あっ! なんばすっとですかぁ!」

 

 彩乃の奇襲攻撃で、祐一も一応抵抗らしい抵抗をするのだが、もはや手遅れ。包帯が呆気なく剥がれ落ち、左手の甲の傷があらわとなった。


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