前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記閑話休題編U』

第三章 ヴァンパイア娘の大災難。

     (5)

 けっきょく彩乃は、祐一を夕方近くまで待たせてしまった。

 

 だけど双子の兄は、特に嫌な顔をするでもなし。深山の奥にあると言う滝まで、彩乃を案内してくれた。

 

 山道はそれなりにけわしかったが、到着してみるとそこは、断崖絶壁の中腹。真正面に滝が落ちる光景が間近となっている岩棚の上だった。

 

 つまり、早い話が大瀑布。

 

「ぞーたんのごと凄かぁ! ねえ、こん滝ん名前ば、いったいなんち言うと? ほらぁ、滝にもいろいろ名前があるけんねぇ♡」

 

 滅多に拝見ができそうにない絶景を瞳の前にして、彩乃はふだん以上にはしゃぎまくった。祐一はそんな彩乃に軽い笑顔を返してから、何気ない口調で答えてくれた。

 

「それが、名前はまだ無かとですよ✄ なにしろこん滝は最近になって、近くの村んモンが見つけたばっかしなんですから✍」

 

「またまた凄かぁ〜〜♡ そんじゃ発見ばされてホヤホヤん滝っちゅうことやねぇ♡♡」

 

「ええ、そぎゃんことです♐ 僕はこん滝ば、黒川の新しい観光名所にしようっち考えちょります♠」

 

 すっかり子供気分に戻って騒ぐ彩乃を前にして、祐一の口調がいつの間にか、溌剌――とは違う感じに変化をしていた。つまりが妙に、押し付け的。だけど彩乃はあえて、その変化には突っ込まなかった。

 

「ところで彩乃さんは、未来亭の店長から僕の父に託された手紙の内容ば、御存知ないですか?」

 

「えっ、手紙ですかぁ?」

 

 ここで突然、話の方向性を切り替えた祐一に、彩乃は思わず瞳が白黒となった。実際彩乃は手紙をさっさと渡したあと、温泉での遊びばかりを考えていた。従って、手紙の内容そのものには、まったく無関心のまま。祐一はそんな彩乃を見越していたような感じで、まずは自分の口から返答を始めてくれた。

 

「御存知なかのようなので、僕から教えて差し上げますばい✑ あん手紙は未来亭が水晶亭への融資ば承諾する返事が書かれてあったとですよ✋ おろい話、水晶亭は若干の経営難に陥っちょりまして、こんまんまではあと一年も持たんところやったとです⚠ しかし、僕の父と今は亡き未来亭の先代が旧知の仲でして、それが理由で現店長が快{こころよ}う融資ば承諾してくれたわけなんです☀ どぎゃんです? 実に耳に心地よか話でしょう★」

 

「あってまあ、わたしほんなこつ知らんかったとですよぉ♡」

 

 このときも彩乃は、本心から祐一の話に感心した。またそれが、これも妙に納得のいく成り行きであることにも。

 

「うちん店長、けっこう太っ腹やもんねぇ♡ だけんおとさんの友達の危機ば見過ごしにせんのも、わたしにはようわかるばってんねぇ♡ ついでなんやけど、どがんしたかてわからんかったことも、今わかっちゃったとばい♥」

 

「今わかっちゃったこと? それはなんですか?」

 

 彩乃の言葉尻に、祐一は理解ができないような顔になった。おまけにこの周辺では滝の水音が大きく響くので、どうしても彩乃に身を寄せて耳を傾ける姿勢にもなっていた。

 

「そ・れ・は・や・ね♥」

 

 ここで再び、彩乃は小悪魔的微笑を浮かべた。その笑顔でニッコリと、祐一に返答。それも滝の音にも負けないよう、とても大きな声でもって。

 

「わたしば殺そうっちした犯人が、祐一さん、あなたやってことばい!」


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system