『剣遊記X』 第五章 結論、美奈子はやっぱり恐ろしい。 (2) 可奈の号令が、赤城山の山頂全体に響き渡った。
ところがなぜか、山賊たちからの返事はなかった。ただシーンと、辺りは完全なる静寂に包まれているのみだった。
「ど、どうしたずらかぁ? おめらぁ……どうなっでんだぁ?」
可奈が慌てて、周囲を見回した。それにつられて孝治も、周りをキョロキョロと見回した。
「うわっち!」
孝治思わず仰天。見れば成昆布以下の山賊一同、ヒモで縛られたまま、グオーガオーと大きな鼾{いびき}をかいて、完全なる眠りの世界についていたからだ。
この有様は明らかに、『睡眠』の魔術による仕業としか思えなかった。
「もしかして……裕志け?」
孝治は初め、戦力外にされた裕志が復活したかと考えた。しかし当の裕志は、液体から人体に復元している由香を、治癒の魔術で必死に介抱している真っ最中。この様子からでは、とても別の魔術を使う余裕があるとは思えなかった。
「じゃあ、誰やろっか? こげんいっぱいの人ば眠らせるなんち?」
「わたしったい☀」
「うわっち!」
孝治をビックリさせた声の主。なんのことはない。友美だった。
「わたしかて魔術師なんやけ、これくらい簡単にできるっちゃよ✌ 涼子がポルターガイストばやりよったとき、わたしはわたしで山賊さんたちば眠らせたと♪ 起きとったら面倒なことになるとやけ☢」
などと言いつつ友美が右目で、可愛らしくウインクをしてくれた。またこのウインクに、可奈も敏感な動作で反応した。
「嘘ぉっ! もうひとり魔術師がおったんずらかぁ! 黒衣じゃなくて鎧着とったんでぇ、ただのお伴って思うただにぃ!」
これまた、なんのことはなし。可奈を始め山賊一同、服装だけを見て友美を一般人と思っていたらしかった。
とにかく事態もここまで到れば、なにもかも計算違いは明白。もっとも、魔術師らしくない服装をしている友美はともかくとして、ふつうの人には絶対に見えない幽霊までも掌握しろとは、可奈にも無理な相談であろうけど。
「もう! あたしをしょうしい目に遭わせてからぁ! もういいさけぇ、こうなったらあたしひとりで、おめたちさ片付けてあげるんだらぁ!」
この期に及んでなお、可奈は悪あがきを続けるつもりのようだ。それが本気の証明に、再び両手を前へと突き出し、二度目である『火炎弾』の構えを取った。
「まずかっ! みんな退却たぁーーい!」
最強の攻撃魔術――『火炎弾』を連射されてはたまらない。魚町が大声を張り上げ、孝治たちを自分よりうしろに退がらせた。
「うわっちぃーーっ!」
だが、それよりも早くだった。
「はあーーっ!」
「きゃあーーっ!」
突如真横から発した美奈子の『衝撃波』が、『火炎弾』発射の直前だった可奈を、まともに五メートル近くも吹っ飛ばした。
可奈はそのまま、山賊どもの所までゴロゴロと転がり、あえなく失神。これにて見事、就寝中である成昆布たちの、仲間入りを果たしたわけ。逆に、今やすっかり元気回復。すでに自力で立ち上がっている美奈子が、いつもの彼女らしく気丈に振る舞っていた。
「これは千夏を怖がらせた報いどすえ☀☠」 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |