『剣遊記Z』 第六章 華麗なる美の戦士? (9) たったこれだけのことなのに、中原はまるでライフワーク的大作を完成させた直後のような、満足感に満ちあふれた顔付きをしていた。
それからついでなのか。周囲の沈黙にも気がついていた。
「ん? みんなどげんしたとか? 急にハマグリかアサリかシジミみてえに、ちかっぱ押し黙ってからに☻」
ようやく孝治は口を開いた。
「……これで……終わりなんけ?」
端で見ている涼子も、開いた口がふさがらない顔をしていた。もっともこちらのほうは、中原と秀正にはわからないだろうけど。
しかし中原は、まさに自信満々の態度で孝治に応えた。
「そうったい✌ これでこん絵ばバリ完成したと☀」
「完成……たって、隅っこに自分の名前ば書いただけやないけぇ!」
「君は絵画っちゅうもんば、いっちょもわかっとらんのやねぇ☻」
暴発寸前である孝治を前にして、中原はシレッとした顔。人の神経を逆撫でするような妄言を続けてくれた。
「画家が自分の作品にサインば入れるんは、当たり前の習慣なんばい☞ やけん、そん当たり前の習慣ば迂闊にも忘れちょったことば、おれは恥っち思いよったとばい☢ でも、これでおれん気は済んだったい✌ これからは堂々と、こん絵ばおれん作品っち主張することができるとやけね☆」
中原の長い御託など、耳に入れる気はさらさらなかった。だから孝治は、大声で吼えた。
「やったら、初めに気づいたときに、さっさと書いとりゃ良かったろうがぁ! おれば無意味に裸にしてからにぃ!」
「やけん前に言うたろうも! ひとつの創作意欲があるときはそっちが優先されるけ、もうひとつはどげんしたかて後回しになるっち……✌☺」
「しゃあーーしぃったぁーーいっ!」
とうとう孝治は、怒りを大爆発させた。その勢いのままパレットを強引に取り上げ、中原の頭をベレー帽の上から、バンバンと何度も叩きまくった。
乙女(?)の堪忍袋、大炸裂の瞬間だった。
「わわあっ! や、やめんねぇ! 芸術家の偉大なる頭脳ば痛ぶるもんやなかぁ!」
これには秀正と友美、さらには涼子までが、慌てて止めに入ろうとしてくれた。しかし怒り心頭である孝治に、もはや聞く耳はなかった。
「こ、こらぁ! 孝治ぃっ! 落ち着くっちゃあ!」
「気持ちはわかるっちゃけど、我慢ばしてぇ!」
『ちょっとみんなぁ! あたしん絵の前で暴れんとってぇ! これでもやっと完成っちゅうとに、傷でも付いたらどげんすっとぉ!』 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |