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『剣遊記Z』

第六章 華麗なる美の戦士?

     (10)

 一方、誰も気づいていないのだが、この騒動を二階から冷静に眺めている者がいた。

 

 徹哉であった。

 

「勝美君、この手紙を熊手君に渡してきてくれたまえ」

 

「はい、店長♡」

 

 黒崎から封筒を受け取って全身でかかえた秘書の勝美が、羽根を震わせて執務室の窓から外へ飛び立った。このあと黒崎は、執務室正面の階段前にいる徹哉に声をかけた。

 

「どぎゃんしたがや? 下でなんかあっとうがやか?」

 

 徹哉はすぐに振り向いて応えた。

 

「ハイ、階段ノ踊リ場デ、孝治サンタチガ大げんかシテルンダナ。コレハ止メニ入ッタホウガイイノカナ?」

 

「ああ、ケンカならいつものことだがや。ほっとけばすぐに収まる」

 

「ソ、ソウナノカナ」

 

 黒崎の、まるで他人事のような口振り。これで安心したのかどうか。とにかく騒動の場に背中を向け、勝美と入れ替わる感じで、徹哉は執務室に入室した。

 

 中では黒崎がふだんどおりに執務机で構え、また新しい何枚かの書類に目を通していた。これらの書類はすべて、徹哉が未来亭に滞在している間に書き上げた、いわゆる報告書であった。

 

 その書類をひととおり見分し終えてから、黒崎は束にし直して机の上に置いた。

 

「うん、なかなかおもしろくまとまっとうがや。これなら君を、こちらの世界に派遣した日明{ひあがり}君も、きっと満足するがね」

 

「ソウナンダナ。ソレハ良カッタンダナ。ボクヲ創造シテクレタ人ガ喜ンダラ、ボクモスゴクウレシインダナ」

 

 せっかく誉められているのだから、セリフどおりに、もっと喜んでもけっこうなはず。しかし徹哉のしゃべり方は、相変わらず感情という要素に欠けていた。ところが黒崎は、そんな徹哉の口調など、ちっとも気にしない様子。その徹哉に向けて、黒崎が問いかけた。

 

「それで、ひとつ訊いていいかな?」

 

「ハイ、ナンナノカナ?」

 

「君の目……というか、君の視覚装置から覗いてみて、こちらの世界をどのように分析できるがやか? 君の世界でいうところの、超常現象が当たり前となっている、この世界を」

 

「ソウナンダナァ……」

 

 このとき徹哉が、初めて首をひねって考えるような素振りを見せた。それから悪く言えば感情のこもらない――また良く言えば、優等生の模範解答のような返事を、黒崎に言って戻した。例の放浪画家口調のままで。

 

「魔術トハ言ウナレバ、ナンダケドナ。ボクガ造ラレタ世界ニオケル、科学ニ相当スルモンダト、ヤッパリ考エテイイノカナ。ソンナ風ニ考察シタラ、ボクガ造ラレタ世界ノホウガ、摩訶不思議ナル異世界ト言ワレテモ仕方ナイト思ウンダナ。ダカラ、ドチラガ良イカ悪イノカ、ボクニハ判定スル機能ガ無インダナ。コンナ回答ノ仕方デモ、ヨロシイノカナ?」

 

 これに黒崎は、深く感心したとでも言いたげに、大きくうなずいた。

 

「なるほど、少々の味気なさも感じるんだが、回答としては充分だがや。しかし、つい五十年前には二本足でよちよち歩きの二足歩行するのがやっとだった君たちの性能が、よくぞ直立二足歩行がスムーズにできるまで進歩発展したもんだがや」

 

「オ誉メニ授カッテ光栄ナンダナ」


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