『剣遊記Z』 第六章 華麗なる美の戦士? (7) 「そうどすか☺ 孝治はんのヌード画は、けっきょくお蔵入りになりはったんどすなぁ☻ その代わりにうちが白鳥になってはる絵を、中原はんが描きはったということでおまんのやな☝」
酒場の隅のテーブルで、紅茶を優雅な素振りでご賞味しながら、実は内心芸術家の気まぐれには、ほとほとウンザリの心境。それでも美奈子は千秋の報告に、しっかりと耳を傾け続けていた。
あれから美奈子はとうとう、白鳥姿のまま、山口県萩市から北九州市まで、遠路はるばる帰ってきた。
ライカンスロープ{獣人}連中や、やはり変身魔術の好きな魔術師がよく動物に化けて街をうろつくケースが多いので、美奈子の行為は決して奇妙奇天烈な振る舞いではなかった。だがそれでもやはり白鳥は、道行く人たちの、大きな注目を集めたものだった。
「そうなんやで★ そんでネーちゃん、カンカンに腹かいとってなぁ♋ 千秋が見たこと、師匠にも見せたかったわ☞」
さらなる千秋の報告に、美奈子は軽いため息を吐いた。
「あれほどの努力をあっさり帳消しにされはったんどすから、まあその気持ち、うちにもようわかりますえ☠」
「孝治ちゃん、かわいそうさんですうぅぅぅ☂」
美奈子の右隣りの席にいる千夏は、なんだか同情している感じ。ところが美奈子は双子の妹ほどには、孝治に同情していなかった。その理由は今回の仕事に関しての美味しい部分が、ほとんどなかったように感じているからだ。
美奈子と千秋と千夏の三人にとって、今回の萩市への旅もまた、実りの少ない骨折り損のくたびれ儲けであった。
実際、中原から報酬――念願の金のブレスレットを頂いた――までは良かった。しかし帰ってから早速、黒崎店長に鑑定してもらったところ、純金の部分は少しだけ。あとのほとんどの部分は金メッキだと言われたのだ。
だけども美奈子に、中原を恨む気持ちは、あまり湧かなかった。
「まあ、しょせんは貧乏画家の大風呂敷やったっちゅうことでおますな♐ それに乗ったうちが、浅はかやったんやわぁ♠ それに……」
美奈子は遠巻きながら、中原が描いた絵に、瞳をチラリと向けた。店の隅からでも、その絵はよく見えていた。
「いくらうちをモデルに変えてもろうたかて、魔術で白鳥になってる姿を描かれはっても、別に誰もうちや思わへんやろうなぁ☹ そやさかい、うちもしょーもない気持ちでおますのや☹☹」
「そう気ぃ落とさんでもええで、師匠✌ 次の仕事でぎょーさん頑張ればええんやから♡」
千秋がそんな師匠――美奈子に発破をかけるような感じで、弟子ながらポンと、左手で右の肩を軽く叩いてやった。
なぜか態度のデカい愛弟子であった。また千夏も、明るい性格にかけては、姉以上なのは確実だった。
「今度の仕事さんでぇ、美奈子ちゃんいっぱいいっぱいお金さんもらえますですよぉ♡ そしたらぁ千夏ちゃん、今度はおっきなおっきなお花さんのぉブローチさん買いましゅですうぅぅぅ♡」
三人にはすでに、黒崎から次の仕事依頼が舞い降りていた。それは山陰地方の鳥取県まで出向いて、貴族が持つお宝の鑑定を行なう――であるが、実は内心、美奈子はあまり乗り気でなかったりする。
「地方の貴族はんが自慢しはるお宝って、けっこう贋作が多いもんやさかいなぁ……☁」
しかし美奈子がネガティブなのに対し、弟子の千秋は、けっこうポジティブな考え方をしていた。
「そうでもあらへんで、師匠☀ そもそも世の中、百個のお宝があったら九十九個はニセもんでも、ひとつは本モンが混じっとうもんやで♡」
「ええ、そうどすな✈ とにかく行って確かめるだけのことはあるかもしれまへんで♥」
千秋の(根拠薄弱な)論理に応えるかのようにして、美奈子はテーブルから立ち上がった。
とにかく三人(美奈子、千秋、千夏)の辞書に、『あきらめる』の文字はないのであるからして。 (C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |