前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記Z』

第六章 華麗なる美の戦士?

     (6)

 中原の前に残った者は、孝治と秀正。それに友美と涼子(中原と秀正には見えない)の四人だけだった。

 

 孝治はその四人の中からひとりだけ一歩前に出て、中原に迫った。物騒な話で、愛用の剣も鞘から抜いていた。

 

「中原さん☺」

 

 孝治は中原に声をかけた。口調はあくまでもおだやかに。ただし表情は笑顔のつもりでも、瞳は決して笑わないようにしていた。

 

「なんね?」

 

 中原からの返事が戻るなり、即座に孝治は、そのノド元に剣先をシャキッと突きつけた。それから今度は声音にも、思いっきりのドスを加えていた。

 

「ようもあげん寒い中、おれば一日中裸で露天に晒してくれたっちゃねぇ☠ おまけに気が変わったっちゅうて、別の絵に変えたっち、いったいなんねぇ! 芸術家の気まぐれもたいがいにせえっちゅうの! 一日中すっぽんぽんでおったおれん立場はどげんなるとねぇ!」

 

「お、おい! 孝治! そんくらいでやめんしゃい☢」

 

「そうっちゃ! 落ち着いて!」

 

 ここで秀正と友美が止めに入らなかったら、それこそ本気で刃傷沙汰になっていたかもしれない。これにはさすがの中原も、急激に青ざめた顔となっていた。

 

「わ、わかった! 君に無断で題材ば変えたこと、ほんなこつ悪かったっち思いようけ! やけんあとは、君の気の済むようにしや!」

 

「おれの気の済むよう?」

 

 今の孝治に、画家に対して特に望みたい要求はなかった。しかしふと見れば、中原の頭の上で、涼子が自分を右手で指差し、なにかを訴えようとしていた。

 

 孝治の頭に、すぐにピン💡とくるものがあった。

 

「……そうっちゃねぇ☛ こげんなったら一刻も早よう、あんたが言うとった涼子……やなか✄ 少女の肖像画の未完成部分ば描いてもらうっちゃね✍ それだけで充分やけ✎」

 

「ほんなこつ、それでよかとや?」

 

 逆に半信半疑な顔の中原だが、孝治に二言はなかった。

 

「くどいっ! 二度も言わせんやなか!」

 

「わかったばい♋ すぐに取りかかるけ☞」

 

 すっかり恐れをなした様子である中原が、画材道具を取りに、いったん自分の部屋へ戻っていった。

 

「良かったっちゃねぇ、涼子♡」

 

『うん♡ これであたしも安心して、あの絵に取り憑き直すことができるっちゃねぇ♡ ありがとう、友美ちゃんに孝治♡』

 

 友美に祝福され、喜びの境地にある涼子が静かに孝治の顔に近づき、右のほっぺたにそっと、くちびる💋を当ててくれた。

 

『ちゅっ♡』

 

 ちなみに擬音を声で表現したりする。

 

「うわっち!」

 

 幽霊だから感触などないはずなのに、それでも孝治は顔面が真っ赤の思いとなった。

 

「よ、よすっちゃよ……恥ずかしいけ……♋☻」

 

 これらの行動はすべて、秀正には聞こえないよう、小声で行なわれた。だけどやっぱり、顔の赤味までは隠せなかった。そんなものだからこの様子を見ていた秀正が変な顔になって、元男の女戦士を見つめていた。

 

「……おまえ、なんひとりで勝手に顔ば赤こうしちょうとや?」


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2012 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system