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『剣遊記Z』

第六章 華麗なる美の戦士?

     (5)

 中原が初公開した絵画は、孝治の裸の後ろ姿ではなかった。まったく別物の、ヒュドラーと白鳥が戦っている、実に幻想的な光景の描写だったのだ。

 

 とにかくその絵のどの部分を見回しても、孝治の姿は影もかたちも見当たらなかった。また当然の結果ながら、会場にあふれている声に賛嘆はまったくなく、明らかに落胆のため息ばかりとなっていた。

 

「あ〜あ……☁」

 

 全員が全員、おんなじセリフ。大きな肩透かしを喰らった展開なものだから、これも無理はないだろう。やがてそれらの嘆息が、巨大な失望と不満に変わっていった。

 

 中でも急先鋒を務めている者が、女豪傑の清美。本当に女性とは思えない罵詈雑言の嵐を、作者の中原に情け容赦なく浴びせかけていた。

 

「どぎゃんしたとやぁーーっ! 孝治ん裸ば描いたとちゃうとやぁーーっ! これじゃまるでインチキばってん、まっごあくしゃうつばぁーい!」

 

「清美さん! そげんおめかんで、落ち着いてくださいよぉ! あれかてけっこうええ絵じゃなかですかぁ……☠」

 

 徳力が慌ててなだめようとか細い声で訴えても、もはや完全なる馬耳東風。清美は収まることを知らないのだ。

 

 そんな激しい不満が高まる中だった。壇上の中原が、必死の弁明を展開した。されど自称本職の芸術家が申す話である。その言い回しは、どこか確信犯めいたものだった。

 

「まあ、聞くったい! これがみんなの期待ば、ある意味裏切ったっちゅうこつ、おれかて承知しとるったい☆ しかし、おれは見たと! もともとのモデルである孝治さんが裸で佇{たたず}んじょる姿よりか、美奈子さんが変身魔術ば駆使して、悪霊やヒュドラーと戦っちょうときの光景のほうに、おれは改めて心ば打たれてしもうたと! やけんおれは急きょ考えば変え、ヌード画よりか魔術師が戦っちょう姿ば描くことを選んだったい✌ やけんどうか、おれの主義主張ばわかってほしかばい!」

 

 誰もわからなかった。

 

「しゃんこつ、しっかぁ! あ〜あ、つまらん時間ば潰したばい☠」

 

「ほんなこつ時間の無駄やったっちゃねぇ☹」

 

「さあ、仕事仕事☹」

 

 清美を先頭にして、由香など給仕係たち全員、ぞろぞろと潮が引くように、中原の前から立ち去った。

 

 もちろん清美のうしろには、徳力がベタッと付き従っていた。しかしそれでも、自称画家は決してめげる振る舞いを見せなかった。

 

「ふっ、真の芸術が大衆に理解ばされるには、ちかっぱ長い年月が必要なもんばいねぇ☻」


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