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『剣遊記]』

第四章 炸裂! カモシカ拳!

     (6)

「なぬっ? 律子たちば捕まえたとやぁ?」

 

 最初に報告を腹心の粗利蚊から受けたとき、有混事は正直、すなおに信じられない気持ちでいっぱいとなっていた。

 

「はい♡ 御覧のとおりですたい♡」

 

 しかし津山市の教会支部に、粗利蚊が孝治や律子たちを連行してきた光景を目の当たりにして、有混事は最初に抱いた疑心暗鬼など、綺麗さっぱりに吹き飛ばした。

 

「おおっ! 確かに律子ばいねぇ!」

 

 有混事は一番先頭で縛られて立っている女性に注目した。体だけが縄で厳重に縛られ、支部の中庭に引っ立てられた緑髪の女性はまさに、昔おのれが横恋慕していた女盗賊の穴生律子ではないか。それが今や、両腕で赤ん坊を抱いた母親の姿。それでも今の有混事にとって、これはもはや、どうでもよい小さな話であった。

 

 その彼女――律子を一番前にして、秀正、荒生田、可奈、孝治、友美の六人。つまり現在行方不明となっている桐都下から報告をされていた、はるばる九州から来た一同が、全員ズラリと顔を並べているのだ。

 

「なるほどぉ、話に聞いちょったとおりの、女と男ば混ざった連中ったいねぇ♠」

 

 有混事が不敵そうな笑みを浮かべ、今度は正座をさせた律子の緑の髪を、右手で乱暴につかみ取った。

 

「うっ……☠」

 

 律子がその愛くるしい顔に、露骨な不快感を表わしていた。しかし有混事はその表情を、まったく気にしている様子はなし。

 

「穴生律子けぇ……そろそろ呪いば発動させる時期を思い出したついでに、まあ、吾輩としてはただの気晴らしでひさしぶりに手紙ば送っただけのつもりやったとやけどねぇ♥」

 

 むしろ彼女以外のメンバーには、全然興味なしと言わんばかりの態度。気色の悪い含み笑いを、こちらはこちらで、表情に露骨に浮かべていた。

 

「で、そん手紙ば真に受けて、吾輩に薔薇の呪いば解かせるため、わざわざ九州から岡山まで出向いてくるなんち、ご苦労なことばいねぇ☠ それはそうとしてやねぇ、こん緑色の髪、けっこう似合うもんばい♥」

 

 有混事は司教の地位にふさわしくない嘲{あざけ}りを情け容赦なく、律子に向けて浴びせ続けた。

 

「て、てめえ……♨」

 

 愛妻が目の前で侮辱されている光景に、我慢ができなくて当然。秀正が今にも飛びかからんばかりに歯を剥き出した。しかし可奈がそれを、目線だけで、そっと制して止めさせた。

 

「こんねんまくごしたいやろうけど、もう少しの辛抱ずら♦」

 

「ぐっ……♨」

 

 そのような会話など、ちっとも耳に入らない様子の有混事が、今度は律子の腕に抱かれている祭子に目を向けた。

 

「こん緑ん赤子{あかご}が、おまえの娘け☻☛ 吾輩の予測どおりじゃが、呪いは見事に遺伝されたようたいねぇ♥」

 

「くっ……♨」

 

 秀正のこめかみを流れる血管が、見た目によくわかるほど破裂寸前にふくらんでいた。孝治はこれ以上、有混事が親友の神経を逆撫でしないよう、ただひたすらに祈り続けるより他に方策がなかった。

 

(神様ぁ……できれば早よう、こげな息苦しか場面ば、早よ穏便に終わらせちゃってやぁ〜〜☂)

 

 それにしても、自分たちをこのような修羅場へと導いた可奈の、これまた涼しそうな顔ときたら。

 

(これのいったいどの部分が、可奈さんが言うところの『考え』っちゅうつもりなんやろっか?)

 

 孝治の疑問はふくらむ一方だった。


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