『剣遊記]』 第四章 炸裂! カモシカ拳! (14) 「使いとうなかった技ぁ? 魔術ば使えんようなっとうとに、まだなんかあったっちゃね?」
可奈の返答は、まるで見当のつかない話であった。それを不審に思う孝治の瞳の前で――いや、全員が注視をしている前だった。可奈の体がなんと、黒衣の中にみるみると、隠れるように縮んでいくではないか。
「うわっち! お、おい! 可奈さん!」
瞳を大きく開いた気持ちで、孝治は可奈に声をかけてみた。そのときすでに、可奈の姿は完全に、黒衣の中へと消え失せていた。だから当然、彼女を縛っていた縄もゆるんで、もはや着用主を失った黒衣といっしょに、バサッと床に落ちることとなった。
「可奈……!」
親友の消滅に動転したらしい美香が、慌てて床に落ちた可奈の黒衣を拾い集めた。
「おい、孝治っ!」
一部始終をその三白眼で見ていた荒生田も、驚愕の顔と声でわめいていた。
「彼女、いったいどげんしたとや! まさかひとりで魔術ば使って逃げたっちゃなかろうねぇ!」
「い、いえ……そげなことはぁ……☁」
有り得るっちゃねぇ――と、孝治は思わず言い出しそうになった。なにしろ未来亭に来る前の可奈は、聞きしに勝る札付きのワルだったのだから。ならば仲間を裏切り、自分ひとりだけで『瞬間移動』の術でも使っての逃走を、彼女がためらうとは到底思えなかった。
ところが――これも恒例――であった。
「あっ……リス……☞」
「うわっち! あんだって?」
美香の極小な驚きの声を、孝治の耳は幸いにも聞き逃さなかった。実際その声につられてよく見れば、美香が両手で持ち上げている可奈の黒衣から、赤毛のリスが一匹。ピョコンと床に飛び降りたではないか。
そのリスは孝治にとって、いつだったか見覚えのあるモノだった。さらに友美と涼子にも、やはり同じ記憶として残っていた。
「見てん! あんときのリスっちゃよ☆」
『うん☆ よう覚えちょう☆』
友美が右手でリスを指差し、涼子もそれにうなずいていた。
孝治は思わずつぶやいた。
「可奈さん……美奈子さんからリスにされた魔術ば、今もかけられたまんまやったっちゃねぇ……☀」 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |