『剣遊記]』 第四章 炸裂! カモシカ拳! (13) 「も、もうそげんこつどげんでもよかっちゃけ、早よこん縄ば切ってくれんね!」
孝治のうしろで話を聞いていた様子の秀正が、さすがに焦れてきたようだ。両足をわざとらしくジタバタさせ、孝治と可奈に向かってわめき立てた。
「そうっちゃ! いつまでも縛られっぱなしやけ、下っ腹に屁ば溜まってきたっちゃけね!」
つまらない下ネタをほざく者は、もちろん荒生田の他にはいなかった。
もはや先ほどまでのカッコ良さもなし。
可奈はそんな野郎の戯言{ざれごと}など、一切無視の態度。彼女本人もいまだに縛られ、一応座り直した姿勢なので、美香を見上げてから言った。
「美香、早くこん縄切ってちょうだい✄ あたしは魔力さ封印されとうさけぇ、あなた、切るモン持ってるでしょ♐」
ここで全員、可奈と同じであろう期待感でもって、給仕係の制服を着ている美香に注目した。ところがこれに、美香はあっさりと頭を横に振った。
「美香……切る物持ってない……刃物怖いから嫌い……⛔」
「ええーーっ!」
全員の驚きようは、まさに尋常とは言えないレベルに達していた。特に荒生田と秀正など、縛られたままでそろって天井まで飛び上がった。
実に器用なおふたりである。さすがの孝治も縄付きのハンデキャップでは、そこまでできないと言うのに。
それはそうとして、このふたりがドサッと床まで落ちる光景をバックに、孝治は可奈に喰ってかかってやった。
「それやったら美香ちゃんがここまで来た意味なかやなかねぇ! これからいったいどげんすんのか、ここでまた言い訳してみんしゃい!」
「そう文句さこくでねぇ☠ そう言えばだにぃ……今んなって思い出したずらぁ……✍」
対する可奈の弁解にも、さすがに落胆の色がありありでいた。
「美香はちんめえころからベジタリアンだったからぁ、たとえ虫っころでも殺生すんのがでえっ嫌いだったんだにぃ……さけぇ、お肉っとかお魚さ切る包丁なんかも、絶対握ったことなかったんずらぁ☁ いっつも自分の手でちぎった野菜ばっかし食べよったんだにぃ☁」
「そ、そげなん、今は緊急非常事態の真っ最中やろうもぉ!」
たまりかねた気持ちになって、孝治はさらに叫んだ。
「あんた……可奈さんも友美も、そろって魔術が封じられとんばい! ほんとならこげな縄くれえ、魔術で簡単にちょん切ることもできるはずっちゃのに、それが不可能なもんやけ、こげんして美香ちゃんに思わず期待ばしたっちゃけねぇ! それがこん先どげんすっとや! このまんま縛られたまんまで、こっから逃げることができるとねぇ!」
内心では自分自身でも驚いているのだが、ここまで真剣に腹を立てた経験など、今までの孝治には有り得なかった。そのためか、割と厚顔的性格でいたはずの可奈でさえ、この迫力には恐れを為したようだ。
「わ、わかったずらよ……ほんとはこん技……もう一生使いたくはなかったんだども……あたしが責任取るずらよ……☠」
半分ヤケとでも言うべきか。孝治に向かって、可奈が実に言いにくそうな言葉を返してきた。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |