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『剣遊記]』

第四章 炸裂! カモシカ拳!

     (11)

 この快挙が満場の競技場であれば、美香は拍手👏大喝采ものであったろう。なにしろたったひとりの一見か弱い乙女が、屈強な兵士四人を瞬く間に、地面の上へと沈めてしまったものだから。

 

 だけど、この場における観客は、たったのひとり――それも美香も存在に気づいていない者だけだった。

 

『ほんなこつ凄かっちゃねぇ〜〜☆ 美香ちゃんひとりで兵隊ば四人も倒すんやけぇ♠♣ さすがはワーシーローだけのことはあるっちゃねぇ☆ まるで動きが動物そのまんまなんやけ♡ これに勝手に名前ば付ければ、『カモシカ拳法』ってとこやろっか♡』

 

 もちろん剣を宙に浮かせ、美香の助太刀をした者は、幽霊――涼子の力であった。

 

 それは可奈から言われて、美香が単独行動に移ったときからだった。こっそり美香のあとについていた涼子は彼女の戦いの渦中、危なか!――と思った瞬間、とっさの判断で、得意であるポルターガイスト{騒霊現象}を発動させたのだ。

 

『それんしてもやけど、せっかくあたしが手助けしてやったとに、こん怪現象にいっちょも気づいてくれんのやけねぇ☠ 言うたらなんやけど、美香ちゃんって少々、鈍感なとこがあるみたいっちゃねぇ☀』

 

 そこのところが、いわゆる癪な部分。でもこれも仕方なかっちゃねぇ――と、涼子はひとりでつぶやいた。

 

 誰も――もちろん美香も聞いてはいないのだが。

 

 それはそうとして、そもそもなぜ美香と涼子がいっしょにいるのか。その前にカモシカ少女は幽霊の存在を、まったく知らないのだが。これはもう一度、念のため。実は涼子は孝治から頼まれて、密かに美香の警護を担当していた。この裏話はとにかく、当の美香は自分が倒した兵の鎧の懐をまさぐり、鍵の束をつまみ出した。無論この鍵は、孝治たちを幽閉している地下牢の合い鍵。それを兵から奪取するため、わざと仲間たちからはぐれさせたのが、可奈から単独行動を指示された美香の役目であったわけ。

 

『あたし、けっこう大雑把な計画っち思うちょったけど、やってみればけっこううまくいくもんちゃねぇ☆ まあ、警備の兵隊さんが合い鍵ば持っちょうなんち、考えてみれば当たり前の話っちゃけどぉ、美香ちゃんもそこんとこ、ようわかっちょるわけたいね……あっ! いっけない!』

 

 監視の兵が瞬く間に片付き、涼子はまるで御都合主義のような可奈の作戦に、なかば呆れと感心が同居しているような気持ちでいた。それからすぐに、ガラ空きとなった城の門を通って中に入る美香のあとを、涼子は慌てて追い駆けた。

 

 もち空中を浮遊しながらの格好で。


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