『剣遊記番外編V』 第一章 魔術師とカモシカ少女。 (8) 「ぷはぁーーっ!」
しばらく水中に潜ってから可奈は、水面上に顔を出した。それからそのままひと泳ぎ。
泳ぎながらでふと、可奈は考えた。こうして我が身を振り返れば、なんとも数奇な人生である自分自身を。
幼いころから魔術の修練を重ね続け、あまりにも厳しかった師匠に反感を覚えるたびに、自分自身の性格が負の方向へと進んでいく。あげくは気がつけば、法に背く人生の果て、若くしての刑務所体験。さらに奇妙な流れで未来亭の一員となっているのだが、これさえも自分が果たして望んだ、自分自身の行き着く先だったんずらか――と。
「……あたしって……どうしてここにおるんずらかねぇ? せっぺせっぺと考えてみりゃあ、あたしくれえ人さ信用しねえ性格もねえって思うだにぃ、あい黒崎店長から、ええように使われとうだにねぇ……☁」
ここで一回深呼吸。
「でも、あい店長も変わっとうだにぃ☻ あたしが感心するぐれえに……大店の二代目のくせして、年齢不詳で経歴不明ってのもねぇ……あれ? これてそんなこんねーってぐれえ、矛盾しとう話ずらぁ?」(注 大店の二代目がはっきりしているのに、年齢と経歴が不明の部分)
可奈の頭に、ひとつの重大なる疑問が浮上した。それは雇い主である黒崎店長の素情について――であった。
「いんや☠ 矛盾なんてもんじゃねえだにぃ☛ これってきっと、なんか隠しとうずら✌ もしかしてこれって、調べようによってはいい金になったりしてずらねぇ✌」
疑問のついで、可奈の頭に良からぬ企みまでが生じ始めたときだった。
「ぴいーーっ!」
「な、なんずらぁ! 今ん声さぁ!」
可奈にとっては、聞き間違えるはずのない、聞き慣れた叫び声が、周辺一帯に轟いた。これにより、脳内にうっすらと生じかけた良からぬ企みが、一気に霧散霧消。あっと言う間に、カケラも残さず消え失せた。
それほどの衝撃を可奈に与えた事態の原因。それはカモシカに変身中である美香が、とっさに上げたとしか思えない大声にあった。 (C)2014 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |