『剣遊記\』 第二章 渚の駆け落ち物語。 (7) だけども桂は、お金など、もうどうでもよかった。
「だ、大丈夫ぞな! ケガなんぞしてないね!」
下半身は魚体のまま、桂は砂浜でうずくまっている永二郎の元へ駆けつけた。
幸いと言っては変なのだが、永二郎が殴られた場所が波打ち際に近かったので、人魚である桂も駆け寄ることができたのだ。
「ひどいわぁ! 木ぃの棒で叩くなんてねぇ!」
桂の憤慨は収まらないままだが、永二郎は思っていた以上に気丈でいた。
「い、いや……おれはグテー(沖縄弁で『筋肉』)がまぎぃ(同『大きい』)から大丈夫、なんくるないさー……☺」
それから叩かれた後頭部に右手を当て、永二郎はゆっくりと立ち上がった。
永二郎は本当に、真の意味からでも石頭だった。別に痛手を被った感じでもなく、そのまま平然と、自分が奉公をしている海の家に戻ろうとした。
「待ってつかーさい! ほんとは大丈夫なんかじゃないでしょ!」
桂はさらに、大声で呼び止めようとした。だけど永二郎は、無理そうな笑顔で振り返るだけだった。
「……そんなどぅまんぎる(沖縄弁で『ビックリする』)ような声出さんでもなんくるないさー☺ おれは並みの人間みてーにてーげーじゃなく、体ががんじゅーやけぇ✌」
「そんなこと言ったってぇ……✊」
もちろん、見え見えのやせ我慢言葉で納得をする桂ではない。そこへようやく、海の家の女将が、血相を変えた顔して走ってきた。
「永二郎っ! あんたケンカばしたんねぇ!」
恩人が咎められるかと思った桂は、すぐさま永二郎を庇い立てした。
「違うぞな、おばちゃん! 永二郎さんはあたしを助けてくれたんやが!」
だが、女将の心配は、別の方面にあったようだ。
「桂ちゃん、ケンカなんかこの浜じゃあ日常茶飯事やけん、そげなん別によかばい✋ そげんよか、さっきの連中がねぇ……☁」
「さっきの連中?」
思わず耳を傾けた桂に、女将がため息を吐くような口調でささやいた。
「こん天草ば統括しちょう、砂保罰{さぼばつ}伯爵のやおいかん馬鹿息子と取り巻き連中なんばい☢ 最近遠くから里帰りばしとったっち聞いとったとばってん……永二郎、あんたヘタしたら、こん天草におれんようになるったいねぇ……☠」
「そ、そんなぁ……☂」
自分を助けてくれた結果、永二郎自身の立場が危うくなった事実。桂は言葉も返せなくなった。だが当の本人である永二郎は、淋しげな笑みを女将と桂に見せるだけ。それからポツリとささやいた。
「……おれだったら別にいいさー☻ 他のシマにひんぎりゃ(沖縄弁で『逃げりゃ』)ええことだからさー……⛅」 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |