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『剣遊記\』

第二章 渚の駆け落ち物語。

     (3)

「どうもだんだんございましたぁ〜〜♡」

 

 最後のイセエビが完売。桂の海上屋台が空{から}となった。

 

 だけども、まだまだ陽{ひ}は高かった。これで店仕舞いとするには、少々早いような気もしていた。

 

 現に砂浜は、今でも多くの海水浴客たちでにぎわっていた。だから海産物の需要がもうしばらく続くような雰囲気は、充分以上にあるといえた。

 

「もうちょっといけそうぞな☀ ちょっと、商品採ってこよっと⛽」

 

 そうと決めれば行動が早い性格も、桂の長所のひとつである。

 

 桂は右手に網袋を持ち、そのまま海中へと身を潜らせた。海底には桂の稼ぎの元である海の幸が、それこそゴマンとあふれていた。

 

 ざっと上げれば、ウニにアワビにサザエカニやエビ。時にはタコや魚も屋台に並んだ。

 

 これらの漁獲には漁業権が必要であるが、その辺りの手続きも、桂は忘れていなかった。なんと言っても地元の漁師たちとケンカをしても、メリットはなにもないからだ。むしろデメリットのデパートになってしまう。

 

 ちなみに屋台は錨{いかり}をロープで繋いで、海底の岩に固定をしてあった。だからほっておいても、流される心配はなし。その間海の底を少し探し回るだけで、桂の袋は獲物ですぐにいっぱいとなった。

 

 三重県の伊勢{いせ}湾など、日本のいろいろな海岸地方では素潜りで海に入って海産物を採る、『海女』と呼ばれる職業もある。だから人魚である桂にとっては、まさにそれが天職ともいえた。なにしろ桂の場合、空気呼吸の必要なし。おまけに深海まで潜れる能力もあるのだ。しかも深海まで行けるということは、当然暗視能力と聴取力も、ふつうの人より何十倍も優れていた。

 

 人魚とはまさに、先天的な海の民なのである。


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