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『剣遊記\』

第二章 渚の駆け落ち物語。

     (2)

 空中に飛び上がった桂は、今度は頭から海面にザッバアアアアアンンと飛び込んだ。

 

 これにて大きな水しぶきが上がり、周りの海水浴客たちの間から、盛大な拍手👏が湧き起こった。

 

「きゃはっ♡ ちょっとカッコつけ過ぎちゃったかなぁ♡」

 

 水面に顔を出したついで、可愛い舌👅もペロッと出す桂。その瞳に今、自分を見つめるひとりの青年の姿が写った。

 

「あれ?」

 

 その青年は、かなり日焼けをしているのか、それとも、もともとから色黒なのか。日本人には違いないが、いかにも南国育ち風の顔立ちをしていた。しかも白いTシャツを着ているせいもあって、かえって地肌が目立つ風采だった。

 

「あらぁ? あなたぁ、どなたぁ?」

 

 この付近の海岸では見慣れない顔に、桂は興味を感じて砂浜まで泳ぎ、それから声をかけてみた。すると青年は右手で自分を指差し、きょとんとした顔付きになった。

 

「お……おれ?」

 

「そう! あなたぞなぁ♡」

 

 人魚の少女から声をかけられたことが、よほど意外であったらしい。青年はかなりおどおどとした様子を見せ、砂浜でうろたえていた。

 

「お、おれは……わ、脇田永二郎……☃」

 

 桂はすぐに笑顔を満面にして、青年――永二郎に自己紹介を返してやった。

 

「そう、永二郎さんって言うんやねぇ✍ あたしは皿倉桂✌ 見てんとおりの人魚やけど、そこんとこよろしくねぇ♡」

 

「よ、よろしく……♾」

 

「永二郎! ちょっと裏で薪{まき}ば割ってくれんねぇ♪」

 

 色黒の青年――永二郎が桂に返事を戻す前に、海の家の女将が、彼を大声で呼んだ。先ほど桂に笑顔を贈った、中年の女性である。

 

「は、はい!」

 

 呼ばれてすぐに、永二郎は小屋の裏側へと駆け出した。

 

 桂はちょっぴりガッカリした気分になって、砂浜を離れてから小さなため息を吐いた。

 

「なぁ〜んだ、夏になったら海に稼ぎにくる苦学生のアルバイトかぁ……♥」

 

 永二郎が消えると、その入れ替わり。彼を呼んだ女将が砂浜に戻ってきた。桂は早速、苦学生――かもしれない永二郎について、女将に尋ねてみた。

 

「おばちゃーーん! 今の脇田永二郎さんてぇ、どんな人ぞなぁ?」

 

 女将は笑顔で応じてくれた。

 

「ああ、永二郎のことばいね☻」

 

「そうぞなぁ♡ 永二郎さんてぇ、どんな人ぞなぁ?」

 

「見てんとおりの店のアルバイトばい☝ 永二郎が店ばかせしてくれるんやけ、こっちはひちゃかちゃ助かっとうとばい☺」

 

「そうじゃなくってさぁ〜〜✍」

 

「そこじゃ遠いけん、もっとこっち来んしゃい☟」

 

「はぁ〜〜い♡」

 

 桂は再び、波打ち際へ直行した。ちなみに人魚の遊泳速度は、人間とは比べものにならないほど速かった――とは言っても、海上の屋台から砂浜までは、ほんのわずかな距離もないけれど。

 

 とにかく桂が波打ち際に到着するなり、女将が砂浜に腰を下ろして、永二郎の身の上話を始めてくれた。

 

「永二郎ってのはね、本人が言うには、どうやら沖縄県から来たらしい流れモンなんよ✈」

 

 桂はふんふんとうなずいた。

 

「へぇ〜〜、沖縄から来たんだぁ〜〜✈ ほうじゃけん、あんなに色黒なわけよねぇ⛇」

 

 桂のこの発言は、沖縄県の人が聞いたら、それこそ激怒ものであろう。だけど桂はまだ沖縄に行った経験がないので、そのような誤った認識を抱いている事情も、ある意味仕方がなかったりして。

 

「それがどうして、この天草で働いてんのかなぁ? 海の仕事やったら、沖縄にもがいにぃ(愛媛弁で『物凄く』)ありそうな気もするんだけどぉ〜〜♦」

 

「さぁてねぇ? それはうちにもわからんばいねぇ〜〜⚉」

 

 女将も桂の疑問に首を傾げていた。

 

「まあ、とにかく気さくで真面目やし、愛嬌もあってむしゃんよかけ、お客さんからの評判かて良かとよ♪ やけんうちとしても、別にくらわすようなこともなかけんねぇ☺ やけんもし永二郎に会いとうなったら、いつでもうちに言うてや☘ すぐに呼んじゃるけね☺」

 

「あ、あたしは……まだいいです! そんなに気ぃつかわんでつかーさい!」

 

 桂は瞬く間に顔が赤くなる思いとなり、慌てて波打ち際から海中にバチャンと飛び込んだ。

 

 女将はそんな桂の慌てぶりを見て、砂浜に腰かけたままで笑っていた。

 

「桂ちゃん、永二郎ば意識しちゃったみたいばいねぇ☻ やっぱ可愛いもんばい♡」


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