『剣遊記\』 第二章 渚の駆け落ち物語。 (21) 「桂……」
自分自身がつぶやいた、最も大切な恋人の名前。それで永二郎は目を覚ました。
すぐに永二郎は、寝床から上半身を起き上がらせた。
「……こ、ここって……ぬーやが(沖縄弁で『なんだ』)?」
どうも自分自身の記憶が、なんだか覚束ないような感じがした。それでも両目を凝らしてよく見れば、永二郎はある部屋のベッドに寝かされていた。
「……そうだわけさー!」
部屋から見える窓の外の風景は、永二郎にとって、ひさしぶりにお目にするものだった。だからここは、未来亭の一室に違いなかった。
「おれ……帰れたわけさー☺」
シャチに変身をしていたとき、背中に撃たれた三本の銛も、今はもう抜かれていた。これは恐らく気を失っているうちに、魔術医による治療が済んだおかげであろう。それでも胸から背中にかけて巻かれている包帯が、我ながら今でも痛々しく感じられていた。
そんな永二郎の目に、ベッドの横で丸椅子に座ったまま、うつ伏せをして眠っている桂の姿が写った。
給仕係の制服を着ているままで。
それだけでもう、充分だった。
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