前のページへ     トップに戻る     次のページへ


『剣遊記\』

第二章 渚の駆け落ち物語。

     (21)

「桂……」

 

 自分自身がつぶやいた、最も大切な恋人の名前。それで永二郎は目を覚ました。

 

 すぐに永二郎は、寝床から上半身を起き上がらせた。

 

「……こ、ここって……ぬーやが(沖縄弁で『なんだ』)?」

 

 どうも自分自身の記憶が、なんだか覚束ないような感じがした。それでも両目を凝らしてよく見れば、永二郎はある部屋のベッドに寝かされていた。

 

「……そうだわけさー!」

 

 部屋から見える窓の外の風景は、永二郎にとって、ひさしぶりにお目にするものだった。だからここは、未来亭の一室に違いなかった。

 

「おれ……帰れたわけさー☺」

 

 シャチに変身をしていたとき、背中に撃たれた三本の銛も、今はもう抜かれていた。これは恐らく気を失っているうちに、魔術医による治療が済んだおかげであろう。それでも胸から背中にかけて巻かれている包帯が、我ながら今でも痛々しく感じられていた。

 

 そんな永二郎の目に、ベッドの横で丸椅子に座ったまま、うつ伏せをして眠っている桂の姿が写った。

 

給仕係の制服を着ているままで。

 

それだけでもう、充分だった。

 

「桂……でーじなとありがとう……☀」


前のページへ     トップに戻る     次のページへ


(C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system