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『剣遊記\』

第三章 南から来た大海賊。

     (1)

「永二郎が起きたっちねぇ!」

 

 怪我人がまだ寝ているというのに、孝治の足音は、とにかくけたたましくてやかましい――と、よく人から言われていた。これも外見は女性なのだが、仕草と無遠慮ぶりがガサツなヤローそのものであるせいなのだろうか。

 

 そんな孝治をあとから追い駆ける友美は、もうハラハラドキドキの面持ちでいた。

 

「もうちっとしわしわ(筑豊弁で『ゆっくり』)できんとねぇ! 永二郎さんがまだ寝とったら悪いっちゃない!」

 

「構うことなかっちゃよ☻ どうせ、二日も寝とったんやけ♪」

 

 背中で諫める友美に軽く応じて返しながら、孝治は永二郎の部屋のドアノブを右手で握って回そうとした。

 

 ノックもしないで。

 

 ところが孝治の前に、突然涼子が両手を広げて立ちふさがった。

 

『待つっちゃ! 今は入らんほうがええっち思うっちゃけ!』

 

 幽体だから質量がないので、涼子はどこでも出現可能。たとえ孝治とドアの間の、わずかな隙間でさえも関係なしで、通せんぼができるのだ。

 

 しかも涼子は先に壁を素通りして、すでに中の様子を覗いていたようだ。だから少々ズルい感じもするけれど、これもまさに、幽霊ならではの得意技といえよう。

 

 もっとも、これくらいの邪魔が入ったところで、孝治も引っ込むはずはなし。

 

「自分は中ば見とって、おれに『待った✋』はなかろうも!」

 

 孝治は涼子に構わず、なかば強制的かつ強引に、部屋のドアをガチャンと開いた。もともと幽体など、簡単に素通りできる存在でもあるし。

 

「永二郎、入るっちゃけね! うわっち! あ……ごめんっちゃ☠」

 

 さすがの孝治も、時々自分自身を迂闊だと思う場合がある。それは今、まさにこの一瞬。まだベッドで寝ているとはいえ、ほとんど回復をしている永二郎が桂からリンゴを切ってもらい、それをフォークで食べさせてもらっている、真にもって微笑ましい光景の真っ最中であったから。

 

 つまり桂と永二郎の、ふたり仲睦まじい現場。そんなものだから、いきなり無礼千万な登場の仕方をやらかした孝治に、ふたりしてそれぞれ瞳を丸くして、唖然の顔で見取れているだけ。ふたりの顔面が徐々に赤味を増していく様子が、それこそ離れていてもよくわかる――と言うもの。

 

「し、失礼っ! 出直してくるけ!」

 

 これはまた、非常に体裁の悪い展開。孝治は慌ててドアを閉め、冷や汗をかきながら廊下へと逆戻りした。

 

『ほらぁ、やけん言うたろうもぉ♨☺』

 

 お似合いである桂と永二郎の――ある意味バカップル的光景を見せつけられた格好。こちらも顔が真っ赤の思いである孝治に、涼子がしてやったりの苦笑顔を向けてくれた。

 

『そやけど、ほんなこつ言うたらうらやましいっちゃろ♡ 孝治にはあげんいいことばしてくれる人っち、なかなかおらんもんねぇ♡』

 

「しゃーーしぃーーったい!」

 

 ただでさえ熱くなっている顔が、さらに白熱化。孝治は涼子に怒鳴り返した。そんな孝治の背中を、友美はうしろから見つめ、言葉には出さずに小さくつぶやいていた。

 

(そんときはわたしが……孝治にしてあげるっちゃけね☺♡)


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