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『剣遊記\』

第二章 渚の駆け落ち物語。

     (19)

 海水浴場の砂浜に帰り着いたとき、シャチから人の姿に戻った永二郎は、パンツ一枚も身に付けていない真っ裸の格好だった。

 

 当然桂は大慌てとなったが、顛末を話せば長くなるので、この件はこれにて省略。桂だって、まったく同じ状況なのだから。

 

 それよりも重大な話は、永二郎は帰るなり、海の家から解雇を言い渡された件だった。しかしその解雇は、実は女将の温情であった。

 

「わっどみゃ、ふたりで早よう、こん天草から逃げたほうがええばい! なんがあったかよう知らんとばってん、砂保罰伯爵が人魚の娘と沖縄から来た男ば出せっち捜し回っとんのやけ!」

 

「あたしたちを?」

 

 女将のかなりあせり気味な言葉で桂は、思わず瞳を丸くした。けれど女将の警告は、桂と永二郎にとって、心当たりのある話ばかりであった。

 

 大方、大事に飼っていたサメを台無しにされたうえ、馬鹿息子どもがこっ酷い目に遭わされた逆恨みであろう。

 

 はっきりと言って、迷惑の極み。しかし無論、彼らにそのような真っ当すぎる理論など、最初っから通用するはずがない。彼らは実際に、思い上がりきっているのだから。

 

 とにかく急な解雇は、伯爵からの報復を恐れた女将の温情であり、また人情でもあるのだ。

 

「一応は解雇{クビ}扱いなんやけど、これば持って行きんしゃい! 少ないとは思うばってんけどねぇ✈」

 

 そう言って、女将が永二郎に手渡した物。それは小さな茶色の革袋に入った、何枚かの金貨と銀貨であった。それも、これで少ないと文句を言うには、実に申し訳ないと思えるほどの金額が入っていた。だがそれよりも、お金ではなくあとに残る女将のほうが、桂は大いに気掛かりだった。

 

「そんなぁ……それじゃおばちゃんはどうなるんぞなもしぃ? 伯爵が押しかけて来たら、仕返しされちゃうかもぉ……☁⚠」

 

 桂はその点を不安に思ったが、女将は実に海の女らしく、豪快に笑いながらで応えてくれた。

 

「な〜に、あんたらばクビにして追い出したっち言うとけば、伯爵かてなんも文句は言えんもんばい⛔ そげなつまらんことよか、自分たちんことば大切にして逃げるとたい! こん天草から、できるだけ遠くにやね⛴✈」

 

「すみません! おれのために迷惑かけてさー⛹」

 

「おばちゃん、さようなら!」

 

 この日以降、天草の海から、人魚の売り子と沖縄から来た青年の姿が消えた。


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