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『剣遊記\』

第二章 渚の駆け落ち物語。

     (13)

 永二郎と桂が強制的に連行された場所。そこは昼間の海水浴場から遠く離れた岩場にある、砂保罰家所有の岩礁地帯であった。

 

 その岩礁には海面に大きな網で囲った生け簀が造られ、伯爵の趣味であるのか、数多くの魚類が飼育をされているようである。

 

「ここはオレん家{ち}で権利ば持っとう海岸やけ、関係者以外、誰も立ち入り禁止になっとうとばい⛔」

 

 桂と永二郎を生け簀の真ん中を区切る木製桟橋{さんばし}の上まで連れてきてから、蛭蚊が『親の七光り』を得意げに自慢した。

 

 連行されている桂と永二郎はそんな戯言など、まるで訊いてもいないのだが。

 

 もちろん――であるがまったく構わず、蛭蚊は長広舌をやめなかった。

 

「しかもこの生け簀には、凶暴な人喰いザメが飼われちょるんばい⚠ 親父は時々、ここに生きたヤギやらヒツジば投げ込んで、客ば楽しませとるんやけどな⛑」

 

 息子が息子ならば、親も親であるらしい。そんな馬鹿息子に応じるかのごとく、海面を割って三角形をした巨大な背ビレが、ジャバッとこれみよがしに突き出された。

 

 その見た目の大きさから判断をして、生け簀に放たれているサメは、確かに並みのシロモノではなさそうだ。

 

「……もしかして……ホホジロザメ?」

 

 桂は恐る恐るの思いで、蛭蚊に訊いてみた。するとこの馬鹿息子はさも偉そうに、ついでにうれしそうに、鼻を高くして答えてくれた。

 

「さすがは人魚ばいねぇ☻ よう知っちょるばい★ そんとおり、こいつは親父が金貨三千枚ばはたいて、南ん海で獲らせたもんやけね☢ もっともそんとき、漁師が三人ほど犠牲になったっちゅう話やけどな☠☠☠」

 

 桂と永二郎の背中を、このとき冷たいなにかが駆け下りた。

 

 人間はもちろんであるが、人魚にとっても人喰いザメは、まさに恐ろしい死の使いなのだ。ましてやそれが、凶暴さと貪欲さでサメの世界でもピカ一のホホジロザメともなれば、恐怖のケタ数が格段に違っていた。

 

「おい!」

 

 今や完全に怯えの境地にある桂と永二郎。そんなふたりを心底から愉快そうに眺めつつ、蛭蚊が音目麗に、ひと言指示を出した。

 

「やれ☞」

 

「へい!」

 

 赤い髪の音目麗が、すぐにうなずきを返した。それから着ている鎧の懐から、隠し持っていた小さな折り畳みナイフを探り出した。


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