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『剣遊記\』

第二章 渚の駆け落ち物語。

     (10)

 天草灘を一望できる絶壁の上にそびえ立つ、砂保罰伯爵の豪華な西洋風の居城🏰。その三階にある一室において、若旦那の蛭蚊{ひるか}が子分どもを集め、なにやら謀議を行なっていた。

 

 無論彼らは、昼間に桂を襲ったチンピラどもの面々である。

 

「で、オレを昼間喰らわして気絶ばさせ、なばんごつ恥ばかかせてくれただら野郎(熊本弁で『馬鹿野郎』)の素情はわかったとや?」

 

 蛭蚊の問いかけに、子分のひとり――赤髪の音目麗{おんめれ}が答えた。

 

「へい、どうやら一応はただのいひゅうモンでして、名前は脇田永二郎っちゅうそうです✍ こん天草に身内はおらんようでっせ♐」

 

「若旦那、もしかして、うたるって殺{や}っちまうおつもりで?」

 

「当たり前ったい!」

 

 緑髪である差身邪{さみじゃ}のそそのかしに、蛭蚊が怒鳴り声調の返しで応じた。

 

「相手が誰やろうと、オレに赤っ恥ばかかせたおっちゃかモンはぶっ殺すったい! それに流れモンやったら殺したかって、どっからもお咎めなんかこんけ好都合ばい☻ なんちゅうたかて島の衛兵隊やったら、オレの親父がなんとか抑えてくれるんやけ☠」

 

「なるほどぉ♐」

 

「むしゃんよかぁ(熊本弁で『カッコいい』)✌」

 

 相手が(自分たちに小遣いをくれる)若旦那であるからこそ、怒鳴られた差身邪も、むしろ心ウキウキの気分になれるわけ。

 

 薄汚い連中は、どこまでも薄汚いものだ。


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