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『剣遊記14』

第二章 指宿温泉、怪夜行。

     (6)

 孝治は大慌てとなって、右手のタオルをポロリと下に落とした。砂風呂ではなんと、いつの間にか徹哉が先に入っていて、しかもしっかりと埋まって、頭だけを地上(?)に出していたのだ。

 

「な、な、なして先に入っとったとねぇ!? おれたちいっちょも知らんかったんばい!♋」

 

 さすがの孝治も、パニックに近い心境。それでも砂の上に落としたタオルを急いで拾い上げ、大事な部分(?)をきちんと隠した。

 

「ナシテト言ワレマシテモナンダナ」

 

 それでもやはり、相変わらずと言うか。砂から頭だけを出している徹哉は、いつもののんびりムードそのまま。

 

「孝治サンタチガ来ルノガすろーナノデ、ボクダケデ先ニ砂風呂ノ研究ヲサセテモラッテイタダイタンダナ。確カニコレナラ、生命活動ヲ行ナウ通常生物ニハ、トテモ有益ナ面ガ多イト言エルンダナ」

 

「やっぱし言いよんことが、いっちょもわからんちゃねぇ?」

 

「うん、ぼくも♋」

 

 ようやく気を取り直したものの、孝治の頭の周りでは、五個の『?』マークが旋回していた。もちろん裕志も完全困惑気味の顔。こちらは今のところであろうが、孝治のヌードどころではなくなっている様子でもあった。

 

「ま、まあ、ええか……☁ とにかくおれたちも砂に入るっちゃよ

 

 実際これ以上徹哉に構っていても、まったくの無意味はわかっていた。なので孝治はとりあえず、自分の足元の砂を掘り始めるようにした。

 

 なんと言っても砂に埋まって体を温める堪能――温浴効果が目的なのだ。その意味で言えば、すでに埋まっている徹哉は正解と言えた。

 

「それじゃあ……

 

 孝治は小屋の中を、キョロキョロと見回した。そこでよく見れば、砂を掘る道具と言える物は、一応道路工事や畑仕事で扱うような、中型のスコップが置いてある程度だった。それを使って砂を掘り上げ、自分で自分を埋めるのだろう。

 

 もちろんなにも着ていない孝治は、真っ裸のままで砂掘りを決行した。

 

「砂ば掘るのっち、けっこうしんどい仕事やねぇ☻」

 

「う……うん……♋」

 

 裕志も孝治も、現在ともに真っ裸の格好中。しかし孝治のほうは、遠慮も恥も棚の上の上。ふたりの青年男子(裕志と徹哉)を前にして、堂々の全裸を強行してやった。反対に裕志のほうは、これがもうてんでの情けない状態。とにかく孝治の裸を絶対に見ないよう背中を向けたまま。超遠慮がちに、もう一本あったスコップで砂を掘っていた。

 

 魔術の使用など、とっくに忘れきっている感じで。

 

 さらに徹哉は――けっこうプロポーションの良い孝治の全裸を前にして、なぜかまるで無反応とも無表情とも取れる態度を貫いていた。これを言葉で表現しても変なのだが、裸の孝治に目線を向けておきながら、なんだか石ころでも見ているような感じがするのだ。

 

 この態度は孝治にとって、とても腹の立つ癪のタネとなった。

 

「なんかムカつくっちゃねぇ♨ おれがこげんサービスしてやりよんのに、ちったあ鼻血の一滴でも流したらどげんや♨ ここにおる魔術師みたいにやねぇ☛」

 

 孝治の指摘する裕志は、こちらはこちらで、すでにこれまたの黄金パターン。目を向けていなくても、やはり頭の中は妄想とムラムラがふくらんでいるようだ。流れ出る鼻血をなんとかして止めようと、ふたつの鼻の穴にちり紙を、とっくに詰め込み済みにしていた。

 

 同じ純情(?)そうなヤローふたりであるのに、この違い。

 

「裕志と徹哉の感覚の差っち、いったいどげな理屈なんやろっかねぇ?」

 

 孝治にはまるで理解のできない、実に好対照的なふたりであった。


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