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『剣遊記14』

第二章 指宿温泉、怪夜行。

     (18)

 池田湖の畔{ほとり}で、紺色の背広を着ている青年が倒れていた。それもなぜか直立不動のまっすぐな体勢のまま、顔面を地面に付けたうつ伏せの状態で。

 

「うわっち! どげんしたんねぇ、徹哉ぁ!」

 

 孝治は大急ぎと大慌てが混ぜこぜになって、倒れている徹哉の元まで駆け寄った。友美と涼子と裕志と、それから二島も孝治に続いた。ところがこの期に及んでおっとり刀でいる者たちがいた。徹哉の保護者的存在であるはずの日明と、状況がいまだによくわかっていなさそうな荒生田のふたりであった。

 

 孝治はこのふたりにも叫んでやった。

 

「先輩っ! それに日明さんかて、なんのんびり来よっとですか! 徹哉が倒れちょるんですよ!」

 

 しかし荒生田はともかくとして、日明はどこまでも、おのれのゆっくりモードを変えようとはしなかった。

 

「まあまあチミぃ、ここはどえれぁあせんで、徹哉クンにごたいげ(名古屋弁で『お疲れ』)さましとったがええがねぇ でらこと言うたら、徹哉クンは一種の不死身なんだにぃ

 

「なん訳んわからんこつ、言いよんですけぇ!」

 

 孝治は思わず声を張り上げたが、こいつもやっぱり、例によってカエルのツラにナントカ。日明にもまるで効き目がなかった。

 

 それはとにかくとして、徹哉の体は実際、なぜかピクリとも動かなかった。

 

「駄目っ! 叩いても揺すっても、いっちょも返事がなかと!」

 

 友美が必死の顔になって徹哉に呼び掛けているのだが、本当にまったくの無反応。うつ伏せから仰向けに引っ繰り返し、上半身を起き上がらせている格好なのだが、彼の両目は固く閉ざされたままでいた。この恐るべき事態に裕志も困惑しきった顔になって、ただオロオロしているばかりだった。

 

「ど、どうしよ……まさか、なんかすごいショックば受けて、心臓が止まったんやなかろっか♋」

 

 この様子を上から覗いている二島がつぶやいた。

 

「う〜む、やはり裕志はんがおっしゃるとおり、彼はなにか強烈なモンを見てしまいはったようでんなぁ☚ 人は時に、想像以上の衝撃を受けはったとき、それこそほんまに身も心も凍り付いて、まるで死後硬直みたいになってしまうことがありますさかいにな✍」

 

 などと淡々と述べる二島であったが、今は誰も話を聞いていなかった。その筆頭ともいえる者が、問題児の荒生田であった。

 

「諸君、この我々の未知への挑戦のためにその命を散らした若い青年ば、大いに称えようではないけ✌ オレはこの湖の湖畔に、彼のための石碑ば建てることば提案するっちゃけ☝」

 

「なん冗談ごつ言いよっとですか!」

 

 あまりであるサングラス😎先輩の現実離れぶりに、孝治はまたもや大声を張り上げた。しかし荒生田のこのあとの態度をみれば、それは本気ではないようだ。それからまさに、孝治の言う『冗談ごつ』やった――と言わんばかりの素振りを、この先輩は見せてくれた。

 

「まあまあ、そげん腹かかんでもよかっちゃけ☻ オレはこの日明博士から聞いたとやが、この徹哉って野郎は死んだふりがすっごく上手っち、旅の途中で教えてもらったとやけね✌」

 

「「「死んだ振り?」」」

 

 孝治、友美、裕志の声が、物の見事な合唱となった。ついでに涼子も。

 

『死んだ振りって、なんね? あたしっちゅう幽霊ば目ん前にしてからに?』

 

 もう誰もやらないつまらないツッコミだが、幽霊――涼子を目の前にしている者は、孝治と友美だけ。それよりも二島が当然ながら、好奇心旺盛で口を出してきた。

 

「ほほう、それはまた不死の秘術でもおまんのかいな? 不死の術や言いましたら……」

 

 だが、彼の長話が始まりそうになった直前だった。幸いにもと言うべきか。日明が一同の前にしゃしゃり出てくれた。

 

「そうそう! そのとおりだがね! この徹哉クンにはこのような非常時に備えて、自動停止システムが組み込まれておるんだぎゃあ✊✋ だからこわけとらん(名古屋弁で『壊れてない』)け、おそがらん(名古屋弁で『怖がらない』)でええがやぁ✌

 

「じどうていし……なんとかぁ?」

 

 孝治を始め全員が、口を真ん丸に開けてポカンと眺めている前だった。日明が徹哉の上半身を支えている友美を下がらせた。

 

「ちょっと、おじゃうさん、どくがやぁ☻」

 

「は、はい……☁」

 

 それから上半身だけ起きている徹哉を背中から、右足で軽くポンと蹴り上げた。

 

「徹哉クン! 起きんかい!」

 

「ハイ、博士、ナンダナ」

 

 文字どおりパチクリと、徹哉が閉じていた両目を、いきなりの感じで開いてくれた。

 

「うわっち!」

 

 孝治を始め(荒生田、日明を除く)一同の驚きは、それはもう尋常なモノではなかった。しかしそれよりも、徹哉の次のひと言が、一同をさらなる震撼へと導いた。

 

「皆サン、ボクハ見タンダナ。アレハ確カニじゅら紀ノ生物ダッタンダナ」


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