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『剣遊記14』

第二章 指宿温泉、怪夜行。

     (17)

 それからわずかの時間も経たないうちだった。

 

『た、大変ばぁーーい!』

 

 孝治たち一行は場所を変えず、今も宿屋の一階ロビーでたむろっているままなのだが、そこへ偵察に出ていた涼子が、血相を変えた顔で飛び込んできた。

 

 幽霊に『血相』なる言葉も変な表現方法だが、事実だから仕方がない。それよりもロビーでそれなりにくつろいでいた孝治と友美にとって、これはまさしく『寝耳に水』の事態となった。

 

「うわっち! どげんしたとやぁ!」

 

「ビックリしたぁ!」

 

 ロビーには孝治と友美以外もいるのだが、もちろんこの状況が見える者はふたりだけ。それだけにふたり(孝治と友美)の驚き方は、ふだん以上に尋常ではない印象を、周りにいるメンバーにばら撒いたようだ。

 

「どげんかしたんはおまえらばい!」

 

 豪快な性格で、いつも堂々としている荒生田でさえもだった。この突然である孝治と友美の豹変には、サングラスの奥で光る三白眼が、大きく開かれている有様となっていた。

 

「うわっち! な、なんでんなかです!」

 

 孝治は大慌てになって、頭を左右にビュンビュンと振りまくった。

 

 幸いにして、荒生田の頭は単純だった。

 

「そうけ

 

 このたったひと言でとりあえず鞘を収めてくれたので、周囲にいる日明と二島、ついでに裕志もなぜだかはわからないが、一応ツッコミはやめにしてくれたようだ。まあ自分の興味以外には一切の関心を持っていなさそうな日明はともかく、それとは真逆な性格と絶対に言えそうな二島にしては、非常に珍しいケースと言えた。

 

 裕志に関しては問題の外。

 

 このような状況をやはり幸いとして、孝治はみんなが本当に気がついていないうちに、涼子相手に文句を言ってやった。

 

「いったいなんがあったっちゅうとや♨ またみんなから変なやつっち思われちまったやなかね♨♨」

 

 無論涼子には、カエルのツラになんとやら。しかし孝治の文句には平気なようだが、彼女が言っているセリフは、真剣な感じがありありでいた。

 

『あ〜〜、ごめんごめん🙇っちゃ……っち言いよう場合やなかっちゃけ! 徹哉くんが湖で倒れちょったとやけ!』

 

 孝治は仰天した。

 

「うわっち! それってほんなこつ!?」

 

「いっちゃんえずかこつが、ほんとになったっちゅうことやね☢♋」

 

 孝治も友美も、もはや振り返りもしなかった。

 

『とにかく早よ来るっちゃよ!』

 

 先に浮遊で飛び出した涼子のあとを追って、ふたりして宿のロビーから、一目散に外へと駆け出した。

 

「お、おい! おめえら変過ぎばい!」

 

 孝治も友美もなにも言わないまま、いきなり宿屋から飛び出した――ので、まさしく訳がわからないといった感じである、その他一同たちの反応だった。それでも一番に怒鳴った荒生田までが大慌てになって、孝治と友美のあとから、猛ダッシュで走ってきた。

 

「ぐえーーっ!☠」

 

 裕志の黒衣のエリ元うしろを、無理矢理に右手でひっつかんで。

 

「ほほう★ 早速の事件発生だがやぁ☻」

 

「これはほんまに長い夜になりそうでんなぁ

 

 日明と二島も、もちろんいっしょになって走っていた。ただしこのふたりの場合、なんだか緊張感ゼロとしか見えない顔付きが、とにかく玉に瑕と言えそうなのだが。


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