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『剣遊記14』

第二章 指宿温泉、怪夜行。

     (14)

「これが池田湖けぇ〜〜☛ どうせやったら昼間に来たかったっちゃけどねぇ〜〜☹」

 

 孝治たちの眼前に、九州では一番の面積を誇る湖が広がっていた。

 

 ただし、今は深夜の丑三つ時。当たり前であろうけど、昼間ならにぎわっている観光客の姿が、周辺にひとりも見当たらなかった。

 

「人が少ないのは変な噂のせいもあるっちゃけど、それ以上に完全に時間ば外してますっちゃね 確かに最近は、例のモンスター騒ぎっちゅう変な噂でもって、観光客がほんなこつ少のうなっとうらしいっちゃけど☹

 

 全体が真っ暗で、付近に誰ひとりいない光景を見回しながら、孝治はため息混じりでささやいた。

 

 これが次元の異なるパラレルワールド(現実社会)であれば怪獣が出たという話だけで、野次馬がドッサリ集まるシチュエーションである。だけどなにぶん、ここはファンタジー系の世界。実際に大型モンスターが徘徊して、人々に迷惑をかけているほうが現実なのだ。そのため、それが出たという話になれば観光客どころか野次馬でさえ、命の危険を感じて噂の場所には誰も近寄らなくなる事態が通例と言えるだろう。

 

「先輩……もう帰りましょうよぉ……♋」

 

 暗い場所を恐がる本能は、人間ならば当たり前。しかし、その中でも特に暗所恐怖症の傾向が強そうな裕志が、しきりに荒生田に向けて、宿への後戻りを催促していた。

 

 だけど傲慢の象徴ともいえるサングラス戦士が、そのような世迷い言に、一切耳を貸すはずがなかった。

 

「しゃーーしぃったい! 見るっちゃ! そこにおんしゃる日明大先生かて、堂々と湖の研究ば始めようやなかねっちゅうと♨ おまえらもちったあ見習うたらどげんや♨☻」

 

 その荒生田が右手で指すところである『大先生』とやらは、セリフどおりに一心不乱な感じ。口元に時折不敵そうな笑みを「ぬふふ♥」と浮かべながら、池田湖の湖面を眺め続けていた。

 

 実際、気色の悪い「ぬふふ♥」とニヤリを、口の右端と左端で交互に繰り返す悪癖ぶり――である。これを端で見ている孝治は、このあと宿に帰ってもこん光景が夢に出るんやなかろっか――と、内心での戦々恐々を余儀なくされていた。

 

 それからニヤリのついでか。日明は今自分の頭で考えているらしい戯言{ざれごと}を、辺り構わず周囲にぶち撒けた。

 

「ぬふふふふのふ☻ これぐぁ徹哉クンの言うとった、モンスターのいる所とやらの湖がやか☛ 噂どおりの怪しい雰囲気の湖だがね☻☛☻ しかぁーーし! 表面ばかり見ても駄目だぎゃあ! ぬわんとかして水中も調べなきゃいかんがねぇ⛴⛵

 

「うわっち!」

 

 孝治の背中でたった今、ゾクッと冷たい氷河が崩落した。


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