『剣遊記14』 第二章 指宿温泉、怪夜行。 (12) 「そしたら?」
思ったよりも早く話が肝心な方向に入ったようで、孝治は内心でほっと胸を撫で下ろした。
なにしろ二島の話をまともに聞こうとしたら、たぶん本日は徹夜じゃ済まんちゃろうねぇ――と覚悟をしていたのだから。
だがやはり、話自体は長かった。
「すると、ここら辺りの近隣にお住まいであられるであろう市民や町民、村民の皆々様方が、いつの間にやら、わらわらと集まっておいでになられたのでございまするよ☆ そのような結果となって、この私ともあろう者も少々お調子に乗ってしまいはったようでんなぁ☻ この私の細い腕と細い指に元気の続く限り、それに吟遊詩人としての使命感もございまして、優雅に歌と曲をご披露させてもろうたしだいなんでおまんのや☺ まあそれでもうれしいことに、拍手喝采は言うに及ばず、なんだかタニマチのごとくお給金まで飛んできたしだいに発展いたしましたんや☆☆ 私としては決して金目当てではなかったんですが、これもまあ、神の思し召しやと有り難く思うて、地元の皆々様の誠意と応援に応えるつもりで歌を続けたのでございます☺ すると、いかなる弾みでございましょうや♋ 私の歌を聴いてくれはってる民衆の方々の間から、なにやらこの地元にてささやかれている不穏な噂が、この私の長い小耳に入ったのでございまするよ☝ これは何事やと一番近い位置におられはった背の高い若者はんに尋ねてみたところ、どうやら私どもが旅と冒険の最終目的地としてはる池田湖に、なんやモンスターの噂とは別の話にて、奇怪な妖怪変化の出現までが巷にてささやかれているしだいにてございまするよ☹ これは私が北九州の未来亭にて聞いたお話とは別次元の件のようなんでおますんやが私、少々気になりましたゆえにその真相を再びお尋ねしたところ、どうものようなんでおますんやが湖にて昔、愛し合う男女が両家のいがみ合いによってその仲を引き裂かれ、哀れにも湖に身を投じた心中事件があったようなんでございます☹☂ そのためその日以来、池田湖にはその若い男女の未練が残されているようでして、先ほど申ましたとおりモンスターとは別に、湖の悲劇話として連綿と語り継がれているようなんでございまするよ☕」
「も、もうよか……♋」
一応の予測はしていたのだが、孝治はたまらずに音{ね}を上げた。
「で、けっきょくなんが言いたかとね?」
孝治はなんとかして、話を元に戻したかった。これに一応、二島もうなずいてくれた。
「そうそう、夜間にでもなると池田湖の湖面になにやら、不知火{しらぬい}のような怪しい光が発せられまして、それがあなた、青白いまるでウィル・オー・ウィスプ{鬼火}を想起させてくれはるような、まさに怪しき光だそうでございまするよ☠ しかしよく聞いてみはるところによれば、そのウィル・オー・ウィスプみたいな怪しい光は、なんでか空中に二個並んで見えはる場合が多いらしいんでございまするわ☝ こうなると話が早いことになるんですが、その二個の光の並び方というのは、なんや生物の目の光のようにも感じられまへんか?」
「生物の目けぇ……♋」
話自体が突飛的な展開なのは、孝治にもだいたいわかっていた。しかし、この手の怪談話の正体が、実は未確認のモンスター実在証明の、言わば正面入り口となっていた――これはまさに、よくある怪物伝説の典型なのだ。
「ふ、二島さぁ〜〜ん、怪談っとかお化け話は、もうその辺でやめにしませんけぇ……♋」
ここで小心者の本領がめばえたらしい。裕志の体が全身ブルブルと震えている様子。これがまさに丸わかりの状況となっていた。
「ぼ、ぼくたちぃ……池田湖とやらのモンスター調査に来たとであってぇ、幽霊っとかお化けっとかは、そのぉ……管轄外っち思うとですけどぉ……♋」
『まっ、失礼しちゃう♨ ほんなこつ目ん前で、ポルターガイスト{騒霊現象}ばやって見せようかしらってねぇ☠』
裕志のつまらない恐怖症再発で、当の幽霊である涼子が、ほっぺたをふくらませていた。
「そ、それはそれで見てみたいっちゃけどぉ、今はやめといてや✋」
孝治は小さな声で、そっと涼子にささやいた。それはとにかく、これ以上二島が長話を続けたところで、本題がまたどんどんと、横道にズレていくばかりだろう。幸いにも現在、さすがの二島も息継ぎの必要があるようで、話の最中なのだが声を止めていた。これをチャンスとばかり、孝治は話の締めを強引に強行してやった。
「そんじゃ、きょうはこれにてお開きっちゃね✄ あしたに備えて、きょうはこれにてお休みにするっちゃよ⛔⚠」
「それもそうでんなぁ☺」
このようなとき、二島なる人物は、実にすなおな態度でいてくれた。とにかく今夜は、これでぐっすりと寝られるようだった。
あしたという日に、いったいなにが起こるのか。
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