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『剣遊記15』

第二章 開運! 美奈子の大当たり☆

     (9)

「きょうは皆はんらに、ええお知らせがおますんやでぇ☀」

 

 未来亭に帰り着くなりだった。美奈子は店の厨房に給仕係の面々を集め、そこで一席を、未来亭の許可無しでおっ始めた。

 

 それもまるで朝礼(注 現在朝ではない)のようにして、厨房の広い場所に給仕係たちを整列させ、自分は右側に千秋を、左側には千夏と秋恵を並ばせるような格好であった。

 

 それから美奈子の演説が始まった。

 

「日頃から、きついお店での労働、ほんまおおきに感謝の賜物と言うもんでんなぁ そこで今回、このうちらから皆はん方に、慰安旅行のお誘いをしたい思うてまんのやでぇ

 

 言っている意味は、給仕係たちにはさっぱり通じなかった。

 

「慰安旅行……って、美奈子さんが、あたしたちにぃ?」

 

 給仕係のリーダーである一枝由香{いちえだ ゆか}が、その漆黒である瞳を、見事な真ん丸に変えていた。また他の給仕の面々も、心の内に湧き出たであろう疑問を一斉に、それぞれの表情に露出させていた。

 

 それも無理はないだろう。未来亭店長黒崎氏の言葉であれば有り得る話だとしても、店子のひとりに過ぎない魔術師の美奈子が言い出したとなれば、話半分どころか百分の一ぐらいの信ぴょう性すらないからだ。

 

 まさに半信半疑ならぬ零信全疑。

 

 無論、性格にやや無頓着かつ鈍感の気がある美奈子は、給仕係たちから発せられている疑問の眼差しなど、一切気づきもしなかった。

 

「そうどすえ✌ 日頃えろうせっしょーなほど仕事に精出してはる皆はんに、このうちからおーきにの感謝を込めて、慰安旅行にご招待してあげますんやで✈ この機を逃しはったら、それこそ一生の損と言うものでっせぇ

 

「う〜ん、ますますわからんちゃねぇ

 

 手持ちの塩せんべいをバリバリとつまみ食いしながら、香月登志子{かつき としこ}がバリバリ――じゃないボソボソとささやいた。人が話をしている最中に大変失礼な振る舞いであるが、やはり無頓着な美奈子は、これに一向に構わない様子っぷり。勝手に話を進めていった。

 

「そないな理由{わけ}でおまして、皆はんの中からたったのおふたりはんだけなんでおますんやけど、うちらといっしょに旅行へ行きたい言うお方を募集しまんのやわぁ☀☻ どなたでもええので手ぇ挙げてくれまへんか?」

 

 シーンと、誰も手を挙げなかった。それどころか美奈子の瞳の前から一斉に、給仕係たちの姿が消えた。

 

 いつもだと、話に延々と絡んでくる田野浦真岐子{たのうら まきこ}でさえも――だった。

 

「どげん考えたかて、今回はいったん身ぃ引いたほうがよかばいねぇ☠ わたしの勘やと、でたんえすいことになりそうやけ☢」

 

 まさに警戒心丸出し。彼女はラミア{半蛇人}なので、長い下半身の蛇体を床で、ズルズルと匍匐前進――もとい這わせながらにして、この場をあとにした。

 

 また、美奈子の左に並んでいる秋恵も、やはりブツブツとひとりでつぶやき続けていた。

 

「ほんなこつ、富クジば当たったんは、あたしなんやけどなぁ☹☹」


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