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『剣遊記15』

第二章 開運! 美奈子の大当たり☆

     (8)

 もちろん千夏は大喜び。

 

「うっわぁーーい♡☀ また秋恵おねえちゃんがぁボートになってくれますですうぅぅぅ☆☆」

 

 まさに無邪気なセリフのとおり、秋恵が地面の上で体操座りの体を前のめりに丸めたと思ったら、美奈子たちの見ている前で、本当に桃色のボールとなってしまった。

 

 未来亭のメンバーの中で知らない者はいないのだが、秋恵は魔術の技術でこの世に生み出された、とても珍しい存在。いわゆる魔造人間――ホムンクルスなのである。それも並みのホムンクルスではなく、体のかたちを自分の意思で自由自在に変形できる、ゴム粘土型液体人間なのだ。

 

 無論ボールになっただけで、秋恵の変身が完了したわけではなかった。美奈子たちが見ている前での変形はまだまだ続き、いったいその表面のどこから空気を取り入れているのやら。桃色ボールの秋恵がみるみるとふくらんで大きくなり、全体が流線型をしたゴムボートへと変化していった。

 

 つまりは自分がゴムボートになって海を進めば、街道を歩いて帰るよりも速い――と言う考えか。秋恵変身の桃色ゴムボートは、完全に精神のある生き物の動き。自力で地面の上を移動し(まるでヘビ類の匍匐前進)、ちょうど近くにあった川へ、自らザブンとジャンプをして飛び込んだ。

 

「おやおや、ポケッと見てはる場合やおまへんな☞」

 

 美奈子たちも慌ててあとを追い、川面に浮かぶ桃色ボートにゆっくりと乗り込んだ。

 

 そのボート内の面積はけっこう広く、美奈子たち一行はもちろん、お伴のトラも充分に乗り込み可能なほどとなっていた。だけど美奈子の口調と態度は明らかに、この状況への慣れも示していた。

 

「ほな、遠慮のう乗せてもらいますえ

 

 初対面のとき仲間に迎えてもらって以来、秋恵はいつも自分から率先をして、美奈子たちのためにその能力を、惜しみなく発揮した。

 

 例えば山道で雨に見舞われたときなど、速攻で自分の体を幕状{まくじょう}に変え、即席の三角テントになってあげたりとか。または海岸や川などで水浴びを楽しんだとき、これまた体を何個にも分裂させて、桃色ピーチパラソルや桃色ピーチボール、果ては桃色浮き輪などの役までこなした日もあったりする(秋恵は体をバラバラに分割させる力💪もある)。

 

 そんなわけでいよいよ帰り際のきょうになって、ゴムボートに変形。海を一気に走破するつもりのようだ。

 

 これならば街道をテクテクと進むよりも、断然に速いと言わんばかりに。

 

「秋恵ネーちゃん、準備OKやでぇ✌ 師匠も千秋も千夏も、それからトラも乗っとうでぇ!」

 

 桃色ゴムボートの先端に陣取った千秋が声も高らかに、前方である川下の方向を右手で指差した。その声にもちろんで応えて、桃色ゴムボートがまさに動物的とも言える動作で、水面を跳ねるようにしての前進を開始した。

 

 ゴムボートの船尾には、なぜかクジラ型の尾鰭が付いていて、それを上下に動かして、ボートを前へと進めているのだ。

 

「うわぁ! 風さんがぁとってもぉとってもぉ、気持ちいいさんですうぅぅぅ

 

 川風に茶色の髪をなびかせながら、千夏が本当の子供のようにはしゃいでいた。でも精神年齢的には、まさしくそのとおりだったりして。

 

「この分でおましたなら、北九州にいぬ(京都弁で『帰る』)のも、きょうの夜中くらいになりますやろうなぁ ほんま秋恵はん、おーきにですえ♡✌

 

 ボートの真ん中で腰を下ろしている美奈子も、今や気分は快調。気持ちは爽快の面持ちとなっていた。

 

 おまけで、さすがである。角付きロバのトラも、特に驚く行動もなく、おとなしくボートの後部で四本の脚を曲げて、休みの格好を取っていた。

 

 やはりユニコーンとの合いの子は、ふつうとどこかが違うようだ。


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