『剣遊記15』 第二章 開運! 美奈子の大当たり☆ (12) 風呂場へ急ぐふたり(孝治と友美)を、なぜかこの場に居合わせた美奈子が呼び止めた。
「ちょいと、お待ちになってくれまへんやろうか⛔ 孝治はんと友美はんに、お話がありまんのやけどなぁ♐」
「うわっち! 美奈子さん!」
予想もしなかった美奈子との突然の遭遇で、孝治は正直、心臓がドキドキッと高鳴った。
「うわぁ☀ 秋恵ちゃんも帰っとったんやねぇ☺」
「はぁーーい☆ ひっさしぶりですう♡」
友美は友美で、秋恵との再会を喜んでいた。
このふたりが喜び合う光景は、これはこれで微笑ましかった。問題は孝治の心臓をドキリとさせた、美奈子の尋常ではない微笑みようなのだ。
「これはこれは孝治はんに友美はん、ようタイミングのええときに帰ってくれはりましたなぁ☺♡」
「うわっち☠」
孝治は知っていた。このように美奈子が特段で上機嫌な場合、必ずや自分たちに恐るべき災厄が襲いかかるであろう、話の成り行きを。
だからと言って、すぐに背中を向けて逃げるわけにもいかない。
「み、美奈子さん……なんか用ね? おれにできることはぁ……ほとんどなんもできんっち思うっちゃけどぉ……☁」
孝治はツバをゴクリと飲みつつ、引きつり承知の愛想笑いを浮かべてみた。しかし美奈子の最初のひと言は、孝治の恐怖の予測とは、かなりに違った内容となっていた。
「いえ、孝治はんに友美はん、ちと旅行なんぞしてみたい、思うたことありまへんか?」
「うわっち?」
「りょこう……ですか?」
これはまた思いっきりに意表を突かれたとばかり、孝治は自分の瞳が大きく丸くなる思いに囚われた。そのついで、自分の左横に立つ友美に顔を向ければ、彼女も見事な瞳真ん丸状態となっていた。
『美奈子さんが孝治と友美ちゃんば、旅行へのお誘いっちねぇ……なんかようわからんちゃけど、おもろいことになりそうやねぇ☻』
涼子ひとりのみ、自分が無色透明な身分を良しとして、ふたり(孝治と友美)の驚き顔を、愉快そうに真上からふわふわと浮遊しながら眺めていた。
無論このような三人のとまどいとワクワク感など、美奈子にはなんの関係もない話。単刀直入に、彼女は言い切ってくれた。
「そない深刻そうな顔せえへんでもええんやで☺☻ いちびる話やおまへん、旅先でもろうた懸賞のチケットがおふたり分余っとるさかいに、孝治はんらもいっしょにご招待したいだけでおまんのやわぁ♡♡」
「え、遠慮……しとこ……うわっち!」
と、そこまで言いかけて、孝治は出そうになった言葉を、ぐっとノドの奥へと引っ込めた。理由は美奈子が優しそうな瞳で、ギラリとひとにらみをしてくれたからだ。実際、なまじ女神のような微笑のほうが、悪意丸出しの目線よりも、威圧感がハンパなく上をいくものなのだ。
「と、友美ぃ……どげんする?」
孝治は苦しまぎれの思いになって、左側の友美に再び顔を向けた。しかし内心ビクビクの孝治とは対照的で、友美のほうは、いくらか肝が据わっていた。
「ご招待ば受けましょうか♐ せっかくの美奈子さんからのお誘いなんやけ☺♋」
「うわっち!」
この瞬間、この後の展開が決定した。
これらの一部始終を、店内に何本か建っている柱の陰から、給仕係の七状彩乃{しちじょう あやの}が眺めていた。
「あってまぁ(長崎弁で『あらまあ』)……孝治くんたちがあたしらに代わって、美奈子さん相手の人身御供{ひとみごくう}になってくれたばいねぇ♋ こりゃ帰ってきたらなんかおごらんと、あたしらの寝覚めが悪いっちゅうもんたい☻」 (C)2018 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |