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『剣遊記V』

第一章  怪盗暗躍。

     (9)

「犯罪捜査は衛兵隊の仕事だがや。だからこちらとしては、被害届の提出以外に、できることはなにもありゃーせん」

 

「そげん言うたかてですねぇ☁」

 

 未来亭の事件に関する対応の仕方に、孝治は大きな不満を感じた。そこで衛兵隊による現場検証終了後、ただちに黒崎の執務室へ直談判。しかしここでも、冒頭のような同じセリフの繰り返しが行なわれただけ。これでは全然腑に落ちない気持ちの孝治は、感情むき出し気分で黒崎に詰め寄った。

 

「この店、未来亭で起きた事件なんですよ!」

 

 現在執務室に在室している者は、孝治と黒崎のふたりだけ。秘書の勝美は、いまだにグロッキー状態でいる彩乃を介抱するため、彼女の部屋で付きっきりとなっていた。

 

「やけん、こげなときこそおれたちん手で解決せにゃ、あいつは泥棒に入られた店で雇われちょうなんち、世間様に言われとうなかですよ☠」

 

 そこまで言い切って、未来亭の名誉を力説しながら、孝治は執務机をドンと右手で叩いた。しかしそれでもなお、黒崎はやはり、冷静かつ能面であった。

 

「市衛兵隊の大門隊長が解決を約束したんだがや。だから彼に、なにか策があるんだろう」

 

「それたい、それ!」

 

 孝治は黒崎の言葉尻に噛みついた。

 

「それって、人を見掛けで一発で見抜く、いつもの店長らしくなかばい! あの隊長さん、もろに頼りにならんっち思うけね!」

 

 しかし言葉尻に噛みつかれたぐらいでは、黒崎の能面はやはり、微動だもしなかった。

 

「見掛けで判断しているのは、孝治のほうだがね。とにかくこちらとしては、衛兵隊のほうからなんらかのかたちで協力依頼でもない限り、こちらから動くことはありゃーせん。依頼があれば、話は別になるがな」

 

 黒崎はセリフの『協力』の部分を、妙に強調していた。

 

「依頼って……?」

 

 孝治はこの言葉が意味する内容に、少しだけ疑問を感じた。しかし孝治のそのような思いなど、黒崎には一切関係なし。いつもの澄まし顔で、話題を切り替えるだけの態度に終始した。

 

「それより仕事の依頼が来とうがね。これを引き受けてくれないか」

 

 そう言って、黒崎が机の引き出しから出した物。それは二枚の封筒だった。

 

「ほらほらぁ! 旗色が悪うなったらそげんしてすぐ経営者の顔に戻って、仕事ば押し付けるんやけぇ☠」

 

 孝治の嫌味など、これまた聞く耳持たず。黒崎が二枚の内のひとつから、中に入っている便せんを抜き取り、それを机の上に置いた。

 

「仕事は簡単なものだがや。ここにあるもう一枚の封書をこのままで、この紙に所在が書かれてある久留米{くるめ}市の陣原{じんのはる}伯爵の屋敷に届けるだけでええがや」

 

「こげな事件の最中に、仕事する気分じゃなかですけどねぇ……☁」

 

 自分の肖像画を盗まれ、すっかり気落ちしている涼子の姿を思い浮かべると、孝治はいまいち、気分を仕事モードに切り替えられなかった。なぜなら、いつも陽気な涼子が初対面以来、初めて落ち込んでいる姿を見たのだ。それはなんだか、おのれの身を斬られるよりも、つらい感じのするものだった。

 

 だけど、孝治のそのような胸の内など、やはり黒崎が知るよしもないだろう。仕事内容について淡々と、簡素に説明をするだけの態度を、この能面店長は貫いた。

 

「そこで今回の報酬は少々異例なことなんだが、陣原家に着いた時点で、伯爵が直接金貨を三十枚払ってくれることになっとうがや。そこで僕に納める仲介料を差し引けば、残りは孝治の取り分だがね。これはけっこう、美味しい話だと思うがや」


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