『剣遊記V』 第一章 怪盗暗躍。 (8) その黒崎は店内にて、衛兵隊から事件の概要説明を受けている真っ最中。現場では隊長の大門が、相変わらずの偉そうな言い回しで黒崎の前まで自ら出向き、いかにも社交辞令的な挨拶を行なっていた。
「ほほう♠ あなた様がこの北九州市でその名も高き、黒崎健二殿であられますか♣ お初にお目にかかれて光栄でございますな♥ わし……いえ、私はこのたび、ここ北九州市衛兵隊に赴任いたしました、大門信太郎と申す者でございます♦ ぜひ今後とも、お見知りおきのほどを♩」
「どうも、黒崎と申しますがや。ただし、それほど名前は売れていませんので……ごくふつうの酒屋の経営者ですよ」
なんだか脇の下をくすぐられているような、苦笑顔をしている黒崎。そんな若い店長が、なにやらハニかんでいる様子にも、たぶん気づいていないのだろう。大門の根拠不明で、自信だけは妙に過剰気味な講釈が続いていた。
「まあ、どうぞ御安心くだされ♪ この事件の下手人どもは当衛兵隊の名誉と誇りにかけましても、必ずや一週間以内に検挙して御覧に入れますぞ♫ どうか大船に乗ったつもりで吉報を得とお待ちくだされい♬ わははははははは♪♫♬♛」
「……も、もちろん、あなた方を信じておりますがや……ん? どうした、孝治」
さすがの黒崎も、新任衛兵隊長の毒気に、すっかり当てられ気味のご様子。孝治はそんな黒崎の右手の袖を静かに右手でつまんで、チョンチョンと引っ張った。
それに黒崎が気づいてくれたので、孝治は店長の右の耳に、そっと小声で耳打ちをした。
「実はですねぇ……★♦」
「なんだがや? 階段の肖像画も盗まれたって?」
黒崎がすぐ、絵を飾ってあった階段踊り場に目を向けた。
「なるほどぉ……確かに絵がのうなっとうがや」
しかし、さすがに最初は表情を曇らせたものの、このあとに見せてくれた黒崎の対応の仕方は、真にもって冷静かつ素っ気ないものだった。
「わかった。あの絵も被害届に加えておくがや」 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |