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『剣遊記V』

第一章  怪盗暗躍。

     (6)

『あたし、あげな威張った騎士なんて、いっちょん好かんけね! もう絵に帰って寝るっちゃよ♠』

 

 涼子も事件現場をあとにして、階段踊り場に飾られている、彼女自身の肖像画へ向かって浮遊した。

 

 幽霊が自分の執着する物に取り憑いて休息を取ることは、すでに前述済み。ここで改めて説明を行なうと、涼子の休息場所は、彼女の生前の姿を描いた肖像画なのである。

 

 やはり自分自身の在りし日の姿が、一番気持ちが落ち着くのであろう。

 

 だがなぜか、あるべき場所に、涼子の絵が飾られていなかった。

 

『あら?』

 

 涼子が慌てた感じになって、孝治のいる階段上まで飛んできた。

 

『孝治ぃ! あたしん絵ば知らんねぇ?』

 

 孝治もすぐに振り返った。

 

「絵? いつもんとこにあるんとちゃうんね?」

 

 孝治も階段踊り場に、涼子の肖像画が飾られていることは知っていた。その絵は黒崎が競売で手に入れ、未来亭の所有物となっていた。このとき肖像画に取り憑いていた涼子までが、いっしょに御来店。孝治たちと出会うきっかけとなったのだ。

 

 ただし、この事実を知っている人物は、孝治と友美のふたりだけ。理由は、涼子がこのふたりを特に気に入ったからである。なんだかとても軽薄っぽい感じの理由である――それが孝治と友美の素直な気持ちともいえた。

 

 とりあえず前回までのあらすじは置いといて、孝治と友美も踊り場に慌てて下りて、そこに絵がないことに、ようやく気がついた。

 

「あら、ほんなこつ☃ いったいどげんしたとやろっか?」

 

 絵の無い壁を見つめて、友美も不思議そうにつぶやいた。同じく孝治も、首をひねる仕草を繰り返した。

 

「変ばいねぇ? おれもこれは聞いとらんかったけね♤」

 

 そこへ衛兵からの聴取を終えたらしい給仕係の香月登志子{かつき としこ}が、のんびりとした感じの歩調で、階段を上がってきた。

 

 そんな何気なく通り過ぎようとしている様子の登志子を、孝治はちょうどよか――と思って呼び止めた。

 

「あっ、登志子ちゃん、ちょっと待って♐」

 

「なんね?」

 

 振り向いてくれた登志子の右手には、銀紙に包まれたチョコレートが握られていた。この娘は衛兵からいろいろと聴取をされていた間も、大好きなチョコをしっかりとつまんでいたらしい。

 

 さすがは天下に名立たる未来亭の給仕係。大した肝っ玉である。

 

 しかし、今はここでチョコレートば食い過ぎで太るんやなかばい――などとは決して口にせず、孝治は単刀直入に本題を尋ねてみた。

 

「ねえ、ここに涼……やなか、女ん子の絵があったはずなんやけど……どっか別ん場所に移したと?」

 

「ああ、ここにあった、友美ちゃんそっくりな女ん子の絵やね☀」

 

 登志子は壁に瞳を向けながら、実にあっさりと答えてくれた。

 

「それなら金庫といっしょに盗まれたっちゃよ☟」

 

「うわっち!」

 

『ええーーっ!』

 

 涼子の驚き桃の木である叫び声は、もちろん孝治と友美以外には、まったく聞こえなかった。


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