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『剣遊記V』

第一章  怪盗暗躍。

     (5)

「おい! 隊長が来ようばい!」

 

 砂津が話題を変えてくれたおかげで、一応この場での騒ぎは終了。

 

「孝治、よう見とけ♐ あれがおれたちの新任隊長やけ☛」

 

 先輩衛兵である砂津がそっと右手で指差す方向に、孝治は瞳を向けた。

 

「へぇ〜〜、あん人がそうけぇ〜〜♋」

 

 見れば、店の入り口から衛兵を三人従えた甲冑の騎士が、踏ん反り返った態度で現われたところ。その騎士が、砂津が言うところの、新任隊長であるらしい。

 

 赤い羽根付きの兜をかぶり、鼻の下には偉そうに、左右に広げたカイゼル髭なんかを伸ばしていた。

 

「名前は大門信太郎{だいもん しんたろう}✍ ここに来る前は、東の帝都東京市のほうで、いろいろ修行しよったらしいばい✊ なんでも東のほうが、個人的に縁が多いらしいけな✐ それが着任早々の大事件なもんやけ、奴{やっこ}さん、かなり張り切っとうばい✒」

 

「ふぅ〜ん……⛵」

 

 砂津の紹介に、孝治は軽くうなずいてやった。正直、新任隊長の名前も張り切りようも、孝治にはどうでもよかった。それよりも大門とやらが腰に提げている剣のほうに、孝治は大きな興味をそそられた。理由は剣の形状が、今まで見たことのないシロモノであったからだ。

 

「へぇ〜〜、なんか珍しかモンば持っちょうっちゃねぇ

 

 その剣は孝治たち戦士が好んで使用する両刃型ではなく、明らかに片刃。しかも細長い長剣のかたちをしていた。

 

 ただし剣は現在、同じ形の鞘に収められ、腰のベルトに付帯されていた。

 

「おっと、隊長にどやされる前に、早よ仕事に戻らんといけんばい☢ 井堀、行くっちゃよ✈」

 

「ふぁ〜〜い☠」

 

 孝治から左側の鼻っツラを潰され、両目を真っ赤に充血させた井堀が、慌てて砂津のあとを追っていった。

 

 これだけやられて文句のひとつも言わないところを見ると、彼なりに悪行をやらかした自覚はあるようだ。

 

「ちぇっ! もう行っちまうんけ☃」

 

 孝治は新任隊長が持っている見慣れない形状の剣について、もう少し尋ねてみたかった。しかし砂津も井堀も、さっさと現場に戻っていった。

 

「ちぇっ!」

 

 二度目の舌打ちを鳴らしても、すでに孝治は蚊帳の外。現場では新任隊長大門による、気取った捜査状況の視察が行なわれていた。

 

「どうだ? なにか有力な手掛かりは見つかったか?」

 

 大門の言葉に、九州訛りはほとんど感じられなかった。やはり東の中央(東京)からの赴任のためなのであろうか。それだと孝治にとって、あまり愉快な思い出はないのだが。

 

 ちなみに孝治不愉快の元である東京からの都落ちふたり組(合馬{おうま}と朽網{くさみ})は、未来亭に専属して以来、遠方をブラブラしてばかり。けっきょく北九州に帰って来ない日のほうが多かった。

 

 孝治は思うのだが、やはり職務を真面目に行なっていないようである。

 

 まあふたりそろって、あまり見たくない顔ではあるが。

 

 それはさて置き、現場では新たな緊張が生まれていた。

 

「い、いえ! ま、まだであります!」

 

 大門の問いに対し、砂津の直属上司らしい衛兵が、無能な返事を戻していた。だから当然、大門の顔色が真っ赤っかに激変した。

 

「馬鹿者ぉ! そんな返答の仕方があるかあ! いいか! 我が北九州市衛兵隊の名誉にかけて、賊を必ず……一週間以内に暴き出すんだぞ、いいか!」

 

「あの隊長さん、ムチャクチャ言いようっちゃねぇ☠」

 

 端で見ている孝治の瞳にも、大門の『家柄と育ちは良いが、それだけ⚠』度がよくわかった。そんな隊長の下で、これからずっと働かなければならない砂津と井堀を気の毒に思いつつ、孝治は友美といっしょに、自分たちの部屋に戻るため、階段を上がることにした。

 

 未来亭は大損害らしいが、孝治自身には、なんの実害も損もなし。そんなある意味身勝手で、薄情な自身の気持ちを「ははは☻」と自嘲しながらで。


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