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『剣遊記V』

第一章  怪盗暗躍。

     (3)

 未来亭に間借りをして住んでいる店子の戦士――鞘ヶ谷孝治{さやがたに こうじ}。同じく店子で、魔術師の肩書きが自慢である――浅生友美{あそう ともみ}。ついでに居候幽霊――曽根涼子{そね りょうこ}。以上の三人がそろいもそろって寝不足の顔を並べ(幽霊も!)、自分たちの部屋がある三階から、一階の酒場へ下りていた。

 

 この三人は、昨夜遅くまでトランプ遊びに夢中となり、気がつけば物の見事に午前様。きちんと寝間着から軽装鎧なしの平服(無地の水色のTシャツに白の短パン)に着替えているとはいえ、堂々の大アクビをさらす孝治の有様は、戦士としての緊張感に、いささか欠けているのではなかろうか。

 

 もっともこのような場合、必ず注意を行なう役回りであるはずの友美でさえ、今は同じように軽装鎧なしの平服姿(上下ともに赤いジャージ)で瞳をしょぼつかせているのだから、はっきりと申して話にならないだろう。

 

 こんな状態であるからして、今の孝治に気兼ねなど、まるで皆無といったところか。

 

『見てん! 店ん中、あげん人が集まっとうばい!』

 

 それでも三人の中では一応頭が一番しっかりしている様子である涼子が、孝治の頭越しに階段から階下を右手で指差した。

 

 若くして逝ってしまい、現在は幽霊となって第二の人生(?)を歩んでいる涼子。彼女はあらゆる生物にとって、最も重要な生命維持のための性質である『睡眠』から、完全に解放されている存在である。だから昨夜は、孝治と友美のふたりが睡魔に敗れたあと、ひとりで夜の街に散歩に出かけ、それから明け方近くになって、ひょっこりと未来亭に帰っていた。そのため涼子は、自分の留守中に未来亭の事務室から大型の金庫を始め、多数の物品が盗まれた話を、まったく知らなかった。だから次のセリフが少々間抜け気味であっても、ここは同情の余地ありとするべきであろう。

 

『なんか事件でもあったとやろっか?』

 

 ここで余談をひとつ。涼子のような霊体が休息をしようとする場合、その霊がとにかくなんでもけっこうなので、自分が執着している物に、取り憑かなければならない。だけど涼子が執着する物については後述。

 

 さらに余談が、もうひとつ。友美と涼子は偶然の産物であろうけど、実の双子のようにウリふたつのそっくりさん。ただし、最近では孝治もツッコミ疲れて、その件については言わなくなってきているけど。ストーリーにも、ほとんどからむ要素はないし。

 

「ほんとや☞ なんがあったとやろっか……これって……♋」

 

 なんか起こらんと、朝っぱらからこげん人が集まらんやろうも――などと、内心で自分に突っ込みつつ、孝治も寝ぼけまなこ気分のまま、階段を駆け下りた。

 

 それから下りてみて初めて、孝治はそこに集まっている者たちが、市の衛兵隊だということがわかってきた。

 

 もちろんその中に、給仕長である熊手も混じっていた。しかも熊手は何人かの衛兵たちに囲まれて、なにかを話している様子。ここで孝治は、滅多にしゃべらない熊手の声を聞いてみたいと思い、野次馬気分で階下の集まりの中に入ろうとした。だけど衛兵のひとりから、呆気なく行く手をさえぎられた。

 

「おらおら、関係者以外はこの線から入ったらいかんとばい……って、おまえ孝治やないけ☛」

 

「うわっち! 砂津さん!」

 

 注意をされた孝治は、すぐに足元を見下ろした。そこには確かに、白い線が板張りの床にまっすぐ引かれていた。これがどうやら、『立ち入り禁止』の印らしい。それはそうとして、孝治を止めた衛兵は、よく知っているなじみの顔だった。

 

「あれぇ? 砂津さん、いつもやっちょる門番の仕事はどげんしたと?」

 

人事異動ばい☠ これもおまえのせいなんやけね☢」

 

「じんじいどう……へぇ〜〜、そげなこともあるっちゃねぇ♋☻」

 

 孝治はふむふむとうなずいた。つい先日まで、北九州市の城門で門番を勤務。孝治たち通行人にとって、なじみの顔である衛兵――砂津岳純{すなつ たけずみ}が、かなり気恥ずかしげに――いや、顔面を真っ赤にしていた。

 

「おまえが前回、おれば気絶させてくれたもんやけ、詰め所で昼寝しとったろうがっちゅうことで、おれは人事異動させられたと☠ おまけに今度、市の衛兵隊に新任の隊長さんが赴任したもんやけ、部隊の編成がいろいろ変わったっちゃね☂ やけんおれは、いっちょん慣れん捜査課に、めでたく栄転(左遷)っちゅうことになったとばい☢ ほんなこつ、宮仕えのつらいところったい☻☹ これも全部、孝治のおかげでドエラか目に遭っちょうっちゅうことやけね☠☢」

 

 なんだか相当に、胸に溜まっている様子である。

 

「まあ、ほんなこつ慣れん仕事なんやろうけど……頑張って、街の治安ば守ってってとこやね☻ それにあんときは、大サービスでおれのヌードば見せてやったんやけ、いい思い出にはなったろうも☺」

 

 一方の孝治の一見開き直り風であるセリフには、『どうも御愁傷様☻』の要素がありあり。だけども砂津も、それくらいはとっくにお見通しのご様子。すぐに言葉に変えて返上してくれた。

 

「おれの性格ば、よう知っとうくせしてからに☠ それよか、おまえんほうが慣れるまでが大変やったんやろ☻ なにしろ人類史上誰も経験したことがなかっちゅう、男から女への完全性転換やけんねぇ✍」

 

「うわっち! それば言うたらいかんとやけぇ! おれの最もツラいとこなんやけ♋」

 

 思わぬ場所にて痛い所を突かれ、孝治は顔面、瞬く間の赤色化を感じた。

 

 だけれど確かに、今の孝治自身、格好は戦士の鎧を着ていない分、大きな胸が非常に目立っていた。また、言葉づかいとしゃべり方こそ男性なのだが、その声質も髪型も、さらに姿形すべてが完全なる女性なのだ。

 

 もちろん、これは決して女装などではなく、中身も完全にそうなのである。

 

 孝治性転換の理由については、砂津はすでに、友美から教えられていた。なんでも魔術の事故とかで正体不明の薬品を飲まされ、それが変身の原因となったらしい(真相は睡眠薬の副作用)。

 

 そんな孝治の狼狽ぶりを頭上で見ている涼子が、腹をかかえて笑っていた。ただしその姿は、孝治と友美以外には見えていなかった。なぜなら幽霊は、自分のお気に入りの者だけにしか、自分の姿を見せない能力があるからだ。しかも涼子はそれを良いことにして、いつも一糸もまとわぬ素っ裸の格好でこの世を徘徊しているのだから、実に困ったものである。


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