『剣遊記V』 第一章 怪盗暗躍。 (2) 厨房は異常なし。
釜戸からは調理に使用した炭の焼け残りが完全に取り除かれ、使用済みは屋外で、バケツの中の水に浸けられていた。
続いて事務室。
熊手は寝間着の右ポケットから合い鍵を取り出し、ドアの鍵穴に差し込もうとした――のだが、なぜかドアが――無かった。
「?」
ドアが完全に消え失せていた。
つまり壁からドアが、そっくり外されているのだ。おまけに解放状態となっている事務室の中から、不思議と生温かい風までが吹いていた。
昼行灯の熊手も、さすがにこれは重大事だと認識。すぐに手持ちの角燈{ランタン}で室内を照らし出した。
その結果よく見ると、風は部屋の入り口左側の壁に開いた、大きな穴から流れ込んでいた。
営業中な白一色であった壁に、いつの間にやら大きな穴。大いに驚くべき事態である。だが、それよりも極めつけな出来事があった。
事務室にあるはずの大型金庫が、完全丸ごとに消失していた。
「!」
これにより、熊手の就寝時間は、完ぺきにご破算。あとは寝間着姿のままで、市の衛兵隊へと急行。事件発生を通報しなければならなかった。
ただこのとき、熊手が角燈{ランタン}で、もう少し穴の周囲を注意深く調べていれば、そこに極小さな動物の足跡らしきモノが点々と残っていることに、あるいは気がついたかもしれなかったのだが。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |