『剣遊記V』 第一章 怪盗暗躍。 (11) 三毛猫は素早い身のこなしで、建物(未来亭)の外壁から窓伝いに、地上まで降りていった。
さらにそこから、別のある建物――未来亭の本館から中庭をはさんで裏手に建つ、二階建ての木造建築物へと、猫の四つ足で駆け込んだ。
この『ある建物』とは、由香たち給仕係一同が住んでいる、未来亭の女子寮だった。
『ここの誰かが飼{こ}うとう猫やろっか?』
そんなに長い間ではないが、涼子も未来亭に取り憑いて、けっこうな日々(?)となる。しかし、未来亭で三毛猫を見たのは、きょうが初めてであった。
そんな疑問を抱いている幽霊――涼子の追跡に、気づくはずもないだろう。三毛猫が猫らしく爪を立て、寮のすぐ横にある桜の木(ソメイヨシノ)をよじ登り、ちょうど開いたままとなっている、二階の窓へと飛び込んだ。
『あら、これ……☛』
涼子はすぐに、窓から部屋の中を覗いてみた。ちなみに室内はきちんと、整理整頓されていた。ところがなぜか、床には給仕係の制服――それも白と黒と茶色に色分けされた特注品――とエプロン。さらに極めつけなのか、女の子の下着類が散らばっていた。
小さめであるブラジャーはもちろん、しっかりと青い色のパンティーまでが。
その中に問題の三毛猫――がいた。
それもいったい、なんのつもりだろうか。猫は部屋の真ん中で寝転がっていた(決して駄洒落{だじゃれ}ではない)。
だがよく見ると、猫の体に驚くべき変化が起こりつつあった。
最初は板張りである床の上で悶{もだ}えていた(としか思えない)三毛猫の体が、しだいに膨張していくではないか。
しかも白と黒と茶色であった全身の体毛が、だんだんと薄れていく。
そのあとからは、(日本人の)肌色があらわとなってきた。
やがて丸みを帯びた猫の体形が、すらりと伸びた二本足に変形。この間涼子は、まばたきを六回繰り返した。それと同じ時間の間に、三毛猫が人間――裸の少女に変わっていた。それも涼子もよく知っている、給仕係の夜宮朋子{よみや ともこ}の姿へと。
当然ながら涼子は、それをきょう初めて知った。
『朋子って……ワーキャット{猫人間}やったんやねぇ……あのしっぽも、本まモンやったんやぁ……☀』
涼子の言葉どおり、朋子の裸のお尻(尾てい骨の所)からは、いつもお目にしている猫のしっぽが、ぴょこんと伸びていた。 (C)2011 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |