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『剣遊記\』

第四章 怒涛の海底探査行。

     (8)

 話は戻る。

 

 そんな孝治と友美たちとは対照的だった。美奈子と千秋のふたりは涼しい顔をして、波止場のベンチに腰かけていた。また千夏は千夏で、カモメたちと無邪気に戯{たわむ}れながら、あせる様子をカケラほども見せてはいなかった。

 

「うっわあああああい☀ カモメのジョナサンと皆さんでしゅうぅぅぅ♡ 千夏ちゃんをよろしくお願いいたしましゅですうぅぅぅ♪」

 

 千夏の場合は当たり前か。

 

 しかしもともと、美奈子たちにとっては、海賊退治の緊急性は皆無であった。だけどこれでは、仲間内から反感を買っても、まるでおかしくない状況と言えそうだ。

 

「千夏は……問題外としてやねぇ、美奈子と千秋は信用できるとか?」

 

 不信をあらわに、帆柱が孝治にささやいた。ケンタウロスの場合、背たけが高すぎるので、孝治は返事をするために、思いっきり背伸びをしないといけなかった。まあ、その件は今は棚に上げて、先輩からの質問には、孝治も実際に答えようがなかった。

 

「う〜ん、先輩は美奈子さん……といっしょに仕事すんのは、今回が初めてやったですよねぇ……♠」

 

 孝治は改めて考えてみた。美奈子と帆柱が同行をした経験は、過去に一度だけあった。それは美奈子が、まだ未来亭に所属をする前、彼女が依頼人として孝治を雇い、南九州の旅へと向かったときだった。美奈子と孝治はその道中、鹿児島県北部の霧島山で黒騎士の一団と戦ったのだが、その危機を救ってくれた者が、急きょ黒崎からの指示を受けて救援に駆けつけた帆柱であったのだ。

 

 だから美奈子と帆柱がお互いの仕事――あるいは任務で顔を合わせた話は、あとにも先にも、このときの一回きり。

 

 その後、美奈子が黒騎士に追われた理由が、(中央政府からの依頼とは言え)彼女と千秋が騎士たちの居城から、ある重要書類を強奪した事件による――と判明。けっきょく袂{たもと}を分かつこととなった――のだが、ふたりは大した反省をするわけでもなく、のうのうと孝治たちの前に再び登場。未来亭に見事就職を果たしちゃったわけ。

 

 孝治と友美――さらに涼子(彼女は無理矢理)はその後もたびたび、美奈子たちと仕事をともに行なうことが多かった。そのためか、彼女に対するわだかまりは、かなり解消をされていた――つもり。しかし帆柱にしてみれば、そう簡単に払しょくするわけにはいかないようなのだ。

 

「でも美奈子さん、あれからいっぺんもおれたちば裏切るような真似ばしちょらんし……もしそげなことがあったら、おれだって初めっからあの三人ば誘いませんちゃよ……たぶん♑」

 

 厳しい先輩を瞳の前にしては、孝治の弁護もかなりににぶりがちとなっていた。なにしろ荒生田と違って、帆柱は典型的な堅物であるから、その点が孝治にとって、最もおっかない部分であるのだ。だけどおっかない分、逆説的に物分かりが良いところもあり、それが帆柱の長所とも言えた。

 

「孝治がそげん言うとやったら、まあ間違いはなかっちゃろ☀」

 

 今さら追い返すわけにはいかない理由もあるだろう。それでも一応、帆柱は後輩である孝治の顔を立ててくれた。

 

 しかし、お終いにひと言。

 

「やけど、油断ばするなよ☢」

 

「わ……わかってます……☂」

 

 先輩の最後のセリフが肝に効いて、孝治はゴクリとツバを飲んだ。このときになってようやくだった。盗賊得意の口利きで、船の調達に走り回っていた正男が岸壁に、喜び勇んでいる感じで息を切らしながら戻ってきた。

 

「おーーい! 皆の衆、喜ぶっちゃあーーっ♡ 船が見つかったけねぇーーっ♡」


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