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『剣遊記\』

第四章 怒涛の海底探査行。

     (31)

 いったい、この広い海の底の、どこに潜んでいたものやら。突如現われた巨大ダコは自慢であろう触手の長さだけでも、恐らくは永二郎のシャチを遥かに上回っていた。

 

(なしてこげな化けモンが、こげなとこにおるっちゃよぉーーっ!)

 

 水中でしゃべることの無意味さを、孝治は何度も身に沁みて実感していた。だから今度は、頭の中でわめき立てた。しかしよくよく考えてみれば、海底にはあちらこちらに何隻もの沈没船の残骸が散らばっているのだ。これだと確かに、伸縮自在の軟体動物であれば、隠れ場所にはまったく事欠かないはずである。

 

 この巨大ダコ出現の緊急事態は大方、美奈子が忍び込んだであろう沈没船の一隻に、隠れて棲んでいたのだと思われる。

 

 それが美奈子と遭遇。タコの側にしてみれば、願いもせずに御馳走が、向こうから飛び込んできたような状況なのだ。

 

 ついでにここで、蘊蓄をひとつ。タコは白い物体を見つければ(魚介類の中で特に視力が良い✌)、無我夢中でしがみつく習性があったはず。だから錦鯉の白い魚体(白地が主の『大正三色』だからなおさら)も、巨大ダコの好奇心を大いに刺激した可能性がある――かもしれんちゃねぇ☠☢☻

 

 孝治のそこまでの推論は、まさにほんのわずかの一瞬だった。だがその間に、孝治は素早く短剣を右手で持って、巨大ダコに突進した。

 

今はタコが突然現われた理由を、深く追求している場合ではない。永二郎の危機が、確実に眼前で起こっているのだから。

 

孝治は心の中で叫んだ。

 

(こげんなったらしばいちゃろうかぁ! こんタコの八っちゃん野郎がぁ!)


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