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『剣遊記\』

第四章 怒涛の海底探査行。

     (28)

 水中での聴覚に優れていると自慢の桂が、すぐに孝治の信号――というか異変をキャッチしてくれた。また、海棲哺乳類である永二郎も同様だった。即ふたりで孝治のいる沈没船まで、急スピードで駆けつけてくれた――もとい泳いできた。

 

 ところで当の孝治は、落とした短剣をすぐに拾って、それを口にくわえ直している最中。それから泳いできたふたりに、やはり身振り手振りで自分が今立っている沈没船を、何度も何度も右手と左手で指し示した。

 

 最初はどうやら、永二郎は目のやり場に困っている様子でいた。なにしろ孝治の全裸が真正面なわけだから。それが理由(?)なのか、すぐに孝治の左右の人差し指で示された船尾のほうまで泳いで、そこに書き込まれている船名を視認していた。

 

 ようやく気が落ち着いた孝治も船尾まで泳いで、ふたり(永二郎と桂)と同じようにして船名を確認した。

 

 そこには大きく平仮名で、『だいごかいようまる』と刻み込まれていた。

 

 桂が喜びのあまりか。永二郎の巨体に飛びついた。孝治には桂の声は届かないが、たぶんこんな風に言っているのだろう。

 

(やったぁーーっ! やっと見つけたんぞなぁーーっ♡)

 

 もっともここで重ね重ね繰り返すけど、シャチの巨大な体格に、小柄な桂が抱きつけるはずはなし。だから脇腹に少しだけ、しがみつくような格好となっていた。

 

(良かったぞなぁ♡ 永二郎さぁーーん♡ ……ってか☻)

 

 孝治の思うとおり、いかにもそのようにはしゃぐ桂であった。だが当の永二郎は、『喜ぶのはまだ早いっさー✋』とばかりに桂を今度は背ビレにしがみつかせ、甲板の先にある船橋へと鼻先を向けていた(ちなみに鯨類の本当の鼻は、頭の上にある潮吹き穴である……って、これは有名な話か)。

 

(そうっちゃねぇ☢ やっぱ船んよか仲間んほうが心配なんばいね☹)

 

 永二郎の思いは(予想だけど)、孝治にも充分に伝わっていた。いや、孝治以上に桂のほうが、お互い海を生活の場とする者同士。言葉が交わせなくても、気持ちは思いっきり以上に伝わっているはずだ。

 

 だがここで、ひとつの誤算が生じていた。

 

 永二郎が船橋のドアに、自分の鼻先をガツンッとブチ当てた音が水中を伝わって、孝治にまで体感的に響いてきた。

 

 シャチの巨大な体格では、船橋の入り口から船内に入ることができなかったのだ。永二郎はついその現状を忘れ、我先に船内へ入ろうとしたのだろう。これでは船の内部の捜索は、永二郎には絶対に無理な話となった。

 

(……ったく、しょうがなかっちゃねぇ☻ おれが行ってやるっちゃよ☞)

 

 見かねた孝治は発光球の涼子を右手の手招きで誘って、船橋のドアから泳いで中に侵入した。

 

 桂もあとから続いてきた。


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