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『剣遊記\』

第四章 怒涛の海底探査行。

     (27)

 桂と永二郎のふたりは涼子の霊光の下、沈没船を一隻一隻確かめるようにして、孝治の前を進んでいた。

 

 ふたりとも発光球の正体が幽霊だとは、夢にも思っていないだろう。先にごまかしで説明したとおり、友美が魔術で創った光だと、今でも信じ込んでいるようだ。

 

 もちろん孝治も、本当の話をバラす気など、さらさらなかった。だからなにも知らないことも平和の一種と勝手に決めつつ、永二郎と桂に協力。海底に並ぶ沈没船に書かれている名称を、ひとつひとつ確認して回った。

 

 船の船尾には、大抵の場合船名が書き込まれていることが多いので、それを探して回れば良いわけ。ただし、字の読めない外国船が時折混ざっていることだけが、非常に困る話でもあるが。

 

(永二郎が乗っとった第五開陽丸ってけっこうでけえ船やったとやけど……捜すとなると見つからんもんちゃねぇ……☁)

 

 孝治は内心で愚痴った。だけど、その第五開陽丸(海賊の名はド忘れしたが、船の名は孝治は覚えていた)の乗組員である永二郎は、とても真剣な様子でいた(シャチの姿でいても明瞭にそれがわかるほどに)。とにかく巨大なシャチの体型を右に左にと水中で旋回させ、すべての沈没船を丹念に調べ回っていた。

 

(ふぅ……さすがに疲れてきたっちゃねぇ……☹)

 

 成り行きで海底探査に付き合う破目になったとはいえ、もともと沈没船捜しまで来るつもりのなかった孝治はここで音を上げ、足元にあったどこかの船の手すりに、全身をもたれかけさせた。

 

 なお、孝治自身はまったく自覚をしていないのだが、その姿は見る人が見れば、まさに海底で佇む海の美女――ついでに裸女。しかも当の本人はいつの間にやら、自分が全裸でいる状況ですら、意識しなくなっていた。

 

 とにかく友美の『水中適応』の術のおかげで、素肌にさわる海水温が、なんだか微妙に心地良いのだ。このようなノンンビリとしたムードの中、孝治は休憩を(勝手に)取っていた。だが、ひと休みをしている沈没船の甲板や船橋に、孝治はなんだか記憶があるような気がしてきた。

 

(……ここってなんか……見覚えあるみたいな甲板なんやけどぉ……♾)

 

 それもかなり昔、誰かをここで蹴っ飛ばしたような――と、そこまで考えたときだった。

 

「ばぁぁぁぁがばがばがばぁ!」

 

 思わず口を開けて叫んでしまい、孝治は声にならない声を上げた。そのはずみで口にくわえていた短剣が、足元である木張りの甲板の上に、ゆっくりと落ちていった。


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