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『剣遊記\』

第四章 怒涛の海底探査行。

     (25)

 霊光に照らし出された深海の光景は、白い砂浜に小岩が点々と転がっているような感じの、実に殺風景なものだった。

 

(こりゃ『竜宮城』っちゅう雰囲気やなかっちゃねぇ〜〜☢)

 

 昔呼んだ伝承のおとぎ話を思い出しながら、孝治は永二郎の背鰭から手を離した。

 

 桂も同じく、自由行動へと移っていた。

 

 涼子の霊光で照らされる範囲が思ったよりもせまかったので、孝治も桂も、あまり遠くまでは泳げなかった。しかし少なくとも、この付近に沈没船の残骸などは見当たらないようだ。

 

 このとき桂が、孝治の右肩を、左手でチョンチョンと叩いた。それを受けて、孝治は瞳を向けた。桂は別の方角を、右手で指差していた。海の底なので東西南北はわからないのだが、どうやら場所を変えようと言っているらしかった。

 

 これが同種族である人魚同士であれば、水中でもコミュニケーションを行なえる手段があるのだろう。しかしあいにく、孝治は(これでも)ふつうの人間。ここは身振り手振りで、お互いの意思を伝達し合うしか、他に方法がなかった。

 

 ちなみに桂は、孝治と同性(法律上?)であるから、もろに全裸を見ても、なにも感じていない様子でいた。むしろ孝治のほうこそ、桂の丸出しである胸に気を遣い、なるべく視線を向けないように(涙ぐましい)努力を続けていた。

 

 話が長くなるので、この件はもう触れないでおく。それよりも孝治は両足をバタつかせる泳法(バタフライ)で、先行する桂のあとを追った。

 

 唯一の光源である涼子の霊光の下、ふと海底に瞳を向けると、美奈子変身の錦鯉が、孝治の真下を恐る恐るの感じで、慎重に岩などの上を泳いでいた。

 

(……魚になっても光がないと、なんも見えんみたいっちゃねぇ……☂)

 

 孝治は思った。仮に自分の考えのとおりだとすれば、今の美奈子さんやったら本人が言うところの護衛の役割ば、まるで果たせん話になるんやなか?――と。

 

 実際、変身魔術を継続中である美奈子は、今現在なにかが起こったとしても、魔術がまったく使えない状態でいるはず。友美もそれを指摘していたが、美奈子ほどの魔術師ともなれば、本人がその弱点を一番知っているに違いないのだが。

 

(まっ、よかっちゃね☻ 魔術が使えんとやったら美奈子さんかてそげん無茶ん真似はせんやろうし、こんほうが先輩から言われたとおりにしやすいっちゃけ✌)

 

 帆柱先輩から言われていた、美奈子の怪しい行動を見張る指示も、この際ついでに思い出した。その美奈子が常に光の真下――つまり孝治の視界内にいてくれ、おまけに魔術も使えないとあれば、これはこれで、むしろ肩の荷が少しだけだが、下りたような気もしていた。


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