『剣遊記\』 第四章 怒涛の海底探査行。 (24) 孝治は口に短剣をくわえた格好で、桂とそろって永二郎の巨大な背ビレにつかまり、海底をひたすら深く潜行していった。
ところで初めはさすがに緊張したものの、意外に軽快な潜水で、孝治は気分に余裕ができ始めていた。だから次のようなつまらない考えを、無意識的に頭の中で浮かべていた。
(……水ん中で息ができるっちゅうんは……確かに便利っちゃあ便利なんやけどぉ……なんかすっげえ違和感あるっちゃねぇ……☻)
今の考えを桂と永二郎に伝える手段は、残念ながら水中では存在しなかった。だけどたぶん、永二郎もおんなじ思いばしちょるはずっちゃねぇ――と、孝治は追加で考えた。なぜならシャチを始めイルカやクジラ類は海に適応しているとはいえ、やはり立派な哺乳類の仲間である。従って長く潜水をしていても、必ず息継ぎで水上に出ないと生きてはいけない。そのため現在シャチに変身している永二郎も、このような息継ぎなしの長時間潜水は、きっと生まれて初めての経験に違いなかろう。それが現在、友美の魔術の効力で、すでに長い時間に渡って潜水中なのだ。
まあ、水中でも生活ができる人魚の桂や、これまた現在魚類(海水中なのに淡水魚の錦鯉である様が問題なのだが⚠)に変身中である美奈子は、共に問題なしであろうけど。
(それにしてもなんやけど、永二郎のやつ、いっぺんもこっちば振り向かんちゃねぇ……☹)
このとき孝治は、見事に失念していた。この場(海の中)にいる者が永二郎を除いて、全員女性である事実を。
無論孝治は男性である。ただしその事実は、中身だけでの話。外見は完全に女性――しかも現在水中で行動しているので先ほどから描写をしているとおり、孝治は完ぺき裸の姿なのだ。
それは桂も同様で、いつもならば人魚でいても水着(ビキニ)で胸を隠しているのだが、今回はその用意がなかったわけ。だからそのまま、なにも着ないで海に入っていた。
つまりが孝治と同じ。だけどこちらは下半身が魚体となるだけ、ある程度はマシと言えるかも。すなわちこうなると、同じ全裸とはいえ、魚に変身をした美奈子が、ここでは一番良心的となる。
とにかく永二郎は、今現在の状況を一切口には出さず――シャチに変身すれば人語はしゃべれないのだが――孝治と桂の裸を絶対に見ないよう、態度に現わせない苦心を続けているのだ。
さらにもうひとつ、孝治の忘れている話。クジラ類は首が曲がらないので、うしろに振り向くなど、もともと不可能である。
このような複雑な事情をかかえる一行を、涼子の霊光――オーラが明るく照らし出していた。それもシャチの前方を露払{つゆはら}いのようにして泳ぐ、白地に黒と紅の錦鯉(どうも大正三色のようである)を中心にして。
時折、孝治の視界に写る海産魚たちの姿が、赤やら黄やら金色で反射されて見えていた。ところが、それらの海産魚たちの中にいる錦鯉に違和感を受けると思ったらけっこう馴染んで見えるので、世の中やっぱ不思議なもんっちゃねぇ――と孝治は、ここでもつまらない考えにふけっていた。
(うわっち! ついに着いたばい!)
そんな思いに浸っているうちだった。孝治たちの前方に、海底の表面がうっすらと浮かんで見えてきた。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |