『剣遊記\』 第四章 怒涛の海底探査行。 (20) 「見んやなか!」
声音に異様なドスをちらつかせる孝治は、現在漁船の甲板上にて、真っ裸のスタイルで突っ立っていた。またこちらとは逆に、ドスをちらつかされたほうである正男は、帆柱から小脇で首根っこを締められている格好で、孝治に背中を向けていた。
「み、見たかぁ〜〜っ! でも見れんちゃねぇ☂」
無論帆柱自身も、孝治に背中を見せていた。
これらヤローふたりに合わせてか、老漁夫までが気を利かせている様子。あさっての方向に目をやっていた。
永二郎と桂、それに美奈子と同行して、海中を探査する破目となった孝治であった。しかし海賊との戦闘は想定していたのだが、海底素潜りまでは、まったく考えていなかった。
従って当然、水着の用意などなし。いや、たとえ用意があったとしても、今の孝治では、着用不可能なシロモノばかりであったのだ。
『やだぁ〜〜、孝治ったら、水着ばいっちょも持っちょらんとね?』
「そうっちゃよ☹ わたしも何度か買うように言うたっちゃけどねぇ♐」
「冗談やなか! なしておれがビキニば着らんといけんちゃね!」
ずっと前に涼子と友美と孝治の三人で、街で買い物中に交わした会話。つまり孝治手持ちの水着はすべて、昔のままの男性用のみを所有。これだけはいまだに、女性用は買いそろえてはいないのだ。
「やけんわたしが言{ゆ}うたろうも☢ いつかこげんときがあるかもしれんちゃけ、女の子用の水着ば用意しとくべきっちゃよって♣」
「今さら遅かっちゃよ✄」
友美からの苦言を、孝治は苦虫を四百六十五匹(適当)ほど噛み潰す思いで耳に入れた。
それでも孝治は、一応戦士である。最低限の武器として、小型の短剣を帆柱から借り受け、腰に装着できないので(完全に丸腰だから)、口にくわえて持っていくようにしていた。
さらに海中に潜るため、長い黒髪もひとくくりに、うしろで紐に結んで束ねていた。
いわゆるポニーテール型。
もちろんこれらの準備は桂も同様。人魚とはいえ彼女も、長い髪は水中での行動に、大きな支障となるものだ。 (C)2013 Tetsuo Matsumoto, All Rights Reserved. |