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『剣遊記\』

第四章 怒涛の海底探査行。

     (19)

「行きたいっちゅうとやったら、そげんしちゃってや☞ こちらとしても、安心して船ん上で待っとれるけね☞」

 

 帆柱も一見、美奈子の同行には賛成的態度でいた。だがこのあとこっそりと、孝治を自分の足元まで呼び寄せた。

 

「すまんちゃけど、孝治もいっしょに海に行ってくれんね☻ 俺にはどうも、美奈子がなんか企んどるような気がしてならんけねぇ☢」

 

 孝治は思わず、裏返った声を出した。

 

「うわっち? おれも海に潜るとですか?」

 

「しっ! 声が大きかっ!」

 

 帆柱が自分の口元に右手人差し指を立てるが、声が大きい有様は、どっちもどっちといえた。

 

 それはとにかく、先輩からの突然無茶な申し出だった。孝治は驚きで瞳を大きく開くが、帆柱のほうは真剣だった。

 

「本当やったら俺が監視ばせんといけんのやろうが、あいにく俺はケンタウロスやけねぇ☁ おんなじことば何度も言うっちゃけど、俺は海に潜ることはおろか、ふつうの人間並みに泳ぐこともできんとばい☠」

 

「で、でもぉ……おれやのうて、他におらんとですか?」

 

 珍しくも先輩に口答えを返す孝治であった。しかし他はといえば、静香と正男のふたりぐらいしかいなかった。

 

 友美は正直、危険な目に遭わせたくはないし、涼子ならば呼吸は関係なしだから、同行は可能――なのだが、彼女の場合、存在そのものが秘密となっているので、これもおおっぴらには頼めなかった。

 

「おれ……ちょっと正男と静香ちゃんに訊いてみますっちゃよ⛑⛐」

 

 こればかりは、いくら尊敬している先輩の頼みでも、そう簡単には聞きたくなかった。そこで孝治は、面倒な役割を人に押し付けたい一心で、静香と正男に尋ねてみた。

 

「ねえ、静香ちゃんは泳げたと?」

 

「あたしはまあず駄目だんべぇ! かっこぶぅ羽根が、塩水漬けになっちゃうだにぃ⚠」

 

 確かにバードマンを水に潜らせる発想は、根本から間違っていた。水中に潜れる鳥もいるにはいるが、静香はどちらかと言えば、水関係なしの猛禽類の部類なのだ。

 

 しかし孝治は、まだあきらめなかった。

 

「くそぉ……じゃあ、正男はどげんやろっか?」

 

「おれは……カナヅチったい!」

 

「うわっち!」

 

 これはまた、意外な事実が露呈したものだった。

 

「犬っかき……やなか、狼🐺っかきくれえならできるんじゃなか?」

 

「しゃーーしぃ!」

 

 孝治はついからかってしまったが、正男が自分を犬扱いされることを一番嫌う性分もわかっているので、これ以上はもう突っ込まなかった。

 

 このように、ほぼ決定となったところで、帆柱が孝治の右肩を、うしろから(ついでに上から)ポンと軽く叩いた。

 

「そげんわけっちゃ✋ よろしゅう頼むばい⛵」

 

「くうぅぅぅ……はい、行きます……✄」

 

 もはやここまで外堀も内堀も埋められては、孝治に先輩からの申し出をかわす術はなかった。


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