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『剣遊記\』

第四章 怒涛の海底探査行。

     (17)

「ここなら鬼ヶ島からはばんげ(香川弁で『夜』)みてえに影になるきに⛅ それに大きめの船も入れん所じゃき、隠れ場所にはもってこいやな⛆」

 

 そのように言って老漁夫が漁船を停泊させた湾は、鬼ヶ島から程良く離れた無名の島の入り江だった。それも無名にふさわしい小島――と言うよりも、割と大きな岩礁地帯とも言え、背景に見える小豆島と比べれば、まるでクジラとメダカほどの違いがあった。

 

 また、鬼ヶ島に近づいたときに三枚あった帆を畳んでいたので、今は一枚の帆による操船だけで老漁夫は、船を小島の入り江に入泊させたのである。それから老漁夫は迷う素振りもなく、静かに錨を海面に下ろした。

 

「わしがあんたらをこの島に連れて来たのは、さっき言った他に理由があるんじゃきに♐」

 

「ずいぶん、含みのある言い方ばいねぇ⚉」

 

 老漁夫の言葉に帆柱が、島の様子を眺めながらで聞き耳を立てた。

 

「海賊退治以外に、なんか俺たちにやってほしかことでもあるとか?」

 

「いんや、そんなわけじゃないきに☻」

 

 帆柱の問いに、老漁夫はすぐに頭を横に振った。それからすでに暗くなり始めている海面を、右手で指差した。

 

「ここら辺りの海底には、やつらが拿捕した船が、いいかげん沈められとるんじゃきに☟」

 

「ひぇ〜〜っ☠ えずかぁ〜〜っ☠ するとこん辺りは船の墓場っちゅうことねぇ☠」

 

 正男が老漁夫の言葉に、思わず的な身ぶるいを繰り返した。陸では無敵の(つもりでいるらしい)ワーウルフ🐺も、海の上では形無しってところか。

 

 反対に孝治は、ややムカつきの思いで、老漁夫に尋ね返した。

 

「そんでじいさん、ここに来たんは、おれたちばビビらせるためなんけぇ?」

 

 しかし老漁夫は孝治には応じず、自分の左横にいる永二郎と桂に話の矛先を変えた。

 

「永二郎さんとか言ったやな☛」

 

「はい!」

 

「こんの野郎ぉ……☠」

 

 永二郎の甲高い裏返し声とは対照的。ほぼ完ぺきに無視をされた格好である孝治のムカつき度が、さらに急上昇した。だけど老漁夫と永二郎、桂の三人は、孝治など関係なしに、話を進ませていた。三人でそろって、暗い海面を見つめながらで。

 

 海面はどこまでも黒く閉ざされており、水上からはなにも見えなかった。

 

 老漁夫が、ささやくように言った。

 

「拿捕された船の船員たちが無事かどうかを確かめるには、どっちゃこっちゃ前もって底にある船を見ておくことが必要じゃとわしは思うんじゃきに……どななんな?」

 

「おれ……潜ってみるだわけさー!」

 

 老漁夫の言葉に促されるように――だった。永二郎が即行で決断した。もちろん桂も黙ってはいなかった。

 

「永二郎さんが行くんなら、あたしも行かせてつかーさい!」

 

 ふたりの言葉を受けて、老漁夫はさも満足したかのような、柔和な笑顔となった。

 

「どな風に答えるかと思うとったけど、そう答えると思うとったきに☺」

 

 このとき老漁夫のうしろでは、帆柱と静香が、さらに不審をあらわにしていた。

 

「まるで、ふたりが簡単に海に潜れるとを、最初っから知っちょったみたいやねぇ⛔」

 

「あたしもちっとんべ、そう思うだにぃ⛑」

 

 しかし老漁夫は、やはり何食わぬ顔付きで、ふたり(帆柱と静香)に応じるばかりでいた。

 

「そうきにぃ、まあ、単なる偶然やな☻」

 

「偶然やのうて勘やなかっちゃね? もしかしてじいさんもライカンスロープやったりしてね♋」

 

「ほほう、そう思うんやったら、そうかも知れんのぉ⛱⛳」

 

 二度目のムカつきである孝治の詰問も、再度見事にはぐらかされた。


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