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『剣遊記\』

第四章 怒涛の海底探査行。

     (16)

「なんやてぇーーっ! けったいな船が島に近づいとるやてぇーーっ!?」

 

 ここは隠れ家――島の鍾乳洞――の一番奥にある部屋(洞窟改造型)。海賊の首領である馬図亀{ばずかめ}が、監視櫓から急きょ駆けつけた子分の報告を受け、肘掛け{ひじかけ}椅子から飛び上がらんばかりに驚いていた。

 

 少々大袈裟な表現ぶりで。

 

 島の地下には鍾乳洞が到る所まで広がっており、海賊どもはここに隠れ家や武器の倉庫。果ては捕えた船員の牢獄までも構えていた。

 

 次に人物紹介。馬図亀はいかにも海賊の首領らしく、右目に黒い眼帯{アイパッチ}を装着。さらに左手が金属製のフック型カギ爪を装備の風采。しかしそのような海賊としてのトレードマークは、むしろ生やさしいの部類に入るものだった。なぜなら馬図亀は亜人間{デミ・ヒューマン}の中でも特に少数派とされる、半魚人{ギルマン}と呼称する種族であるからだ。

 

 海賊の首領が半魚人――考えてみれば、これはこれでけっこうお似合いな職業選択(?)と言えたりして。

 

 とにかく一応、彼は海賊らしいギトギトした真紅の衣装を身にまとい、頭には海賊が好んでかぶる黒いキャプテン・ハット。おまけに青い顔は、一面の魚鱗で覆われていた。

 

 まさに迫力は満点であった。

 

「へい! で、そん船、どういけんす?」

 

 また、最も近くにいる子分はふつうの人間のようだが、馬図亀にはきちんと忠誠を誓っていた。だから律儀な口調で、首領の裁断を求めた。馬図亀はこれに右手を下アゴに当て、しばし考える素振りを見せた。

 

「う〜む、海上衛兵隊のアホどもに、この島んことがバレたとは思えんのやが……まさか、沖縄からあの女が追ってきたんやなかろうなぁ……☁」

 

 馬図亀はそこでいったん、セリフを区切った。それからゴクリとツバを飲み、声を荒げて居並ぶ子分衆に命令した。

 

「と、とにかく臨戦の準備や! 全員武装して海岸を固めるんやぁ!」

 

「へい! 首領!」

 

 雁首そろえる子分たちの総数。ざっと五十人。おまけに種族も雑多であった。それらが首領の号令一下。一斉に武器庫へと駆け込み、各々剣や槍を手に取って、鬼ヶ島北岸の砂浜へと向かった。

 

 島の北岸はなだらかな砂浜や岩場となっており、おまけに格好な入り江もあって、海賊はそこに船団を繋留させていた。

 

 反対に南岸は急な断崖絶壁が多く、人力での踏破がほとんど考えられないような難所となっていた。そのために海賊は、北岸の防備を第一としているのだ。

 

「首領、全員配置にあっぱったけん! いっでん戦闘がおちひき(鹿児島弁で『いつでも戦闘が存分に』)できますばい!」

 

「よし! ご苦労やのぉ☆」

 

 腹心である美蝿{びばえ}(先ほどの人間の子分)から応戦準備進行の報告を受け、馬図亀は満足そうにうなずいた。

 

 そのときだった。隠れ家のさらに奥となっている洞窟の方角から、グギャルルルゥゥゥゥゥゥ…………という、明らかに肉食獣の唸り声が響いてきた。

 

 しかし美蝿は大して驚く様子もなし。馬図亀に不敵そうな笑みを見せるだけでいた。

 

「首領、ないがなしまた、エサばほしがっちょうごとありもうすな☻ もくりきガタイが大きかったら、エサかてよいなことではなかけんですからなぁ♋ やっけなもんです♐」

 

「そうやな♣ 最後ん手段つもりで飼{こ}うとるんやが……ったく『くいだおれ』みてえに食い意地張った野郎やで☢」

 

 馬図亀のほうは忌々しそうにつぶやいて、肘掛け椅子から腰を上げた。その背中に向け、美蝿がもう一度声をかけ直した。

 

「そんじゃエサでもやっときましょうかいのぉ☕ で、きょうこそはエサには捕虜を?」

 

 美蝿がなにを楽しみにしているのか。それは首領にもわかっていた。しかし馬図亀は、逆に素っ気ない気分で応じ返しただけだった。

 

「いんや✋ まだやめとくわ⛽ きょうもエサは魚にしときや⛱ あいつらは大事な人質様なんやさかい✄」


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