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『剣遊記\』

第四章 怒涛の海底探査行。

     (10)

「これやきん☞」

 

 漁師の船であるからには、持ち船は当然の話ながら漁船であった。ところが港に係留されている老人の漁船は、意外に大きなシロモノと言えた。無論大型船とは言えないが、さりとて小船と決めつけるほどでもなかったのだ。

 

 あえて簡単に申し上げるならば、安直ではあるが中型船と言ったところであろうか。それも帆を張るために、甲板の真ん中で三本も立っているマストが、実に特徴的ともいえた。

 

「これならどうやな☻ ケンタウロスが乗っても、いいかげん充分に余裕があるやんな✌」

 

 鼻高々と偉そうぶる老漁夫に、あとからついてきた美奈子が、ポツリとささやいた。

 

「まあ、確かにおっしゃられるとおりどすえ✒ そやけど、なんか初めから帆柱はんが乗るのんを予定しとったみたいでおますなぁ⛰」

 

 しかし老漁夫は、美奈子の指摘でさえも、サラリとかわす余裕を見せつけてくれた。

 

「なぁ〜に、けっこいあんたの言うことももっともやんな☻ しかし今回はまんで、おたくらの思いと一致しただけたんや✋」

 

 ここで珍しい展開。帆柱も美奈子に同調した。

 

「……思いねぇ……美奈子さんの言うとおり、なんか出来過ぎちょう話っちゃねぇ✍」

 

「えーーい! おどれら乗るんか乗らんのか! がたがた言うとくらっしゃげるぞ!」

 

 初めの快挙もどこへやら。よけいな口を出されたせいか。老漁夫がとうとう、つむじを曲げる始末となった。

 

「乗ってくんないのなら、わしゃやめるやんか! おどれらやどっか行ってしまえ!」

 

 老漁夫は意外に短気でもあった。そのままプイッと、子供のごとく一同に背中を向けた。

 

「先輩……こりゃちょっとまずかですよ☢」

 

「まあまあ、じいさんも落ち着いて……♾」

 

 今さら別の船捜しを面倒に感じている孝治と正男は、慌てて老漁夫をなだめにかかった。

 

「い、いや、じいさん……別にあんたば疑っちょうわけやなかと! ただ、あんたのお船が立派すぎとうけ、ちょっと度肝ば抜かれただけっちゃねぇ〜〜☻☹」

 

「なぁ〜んや、そうやんかぁ〜〜☺」

 

「うわっち☂」

 

「ありゃりゃ☃」

 

 孝治と正男はそろって転んだ。なんと孝治のたったひと言の弁明で、老漁夫はコロッと御機嫌を修復してくれたのだ。

 

 短気なうえに、気変わりまでもが電光石火の早業といえた。

 

「ではご老人、お世話になりますばい☀」

 

 顔付きを見れば、本心ではまだ疑念が渦巻いているような感じの帆柱であった。しかしここは戦士の達人。老漁夫に胸の内を悟られないようにしてか、まずは自分から率先。漁船に足を――もとい、ケンタウロスだから前足の蹄を乗り入れた。実際に並みの馬ぐらいに体重のある帆柱が乗り込んでも、漁船はビクともしなかった。

 

「うん、頑丈な船ばい☆」

 

 先輩が乗っても大丈夫となれば、続いて孝治たち後輩連も、我先にと漁船に押しかけた。

 

 なんだか先輩を実験台にして、船の丈夫さを確かめていたかのように。

 

 それから最後になって、美奈子と千秋と千夏が乗船。これら、ややはしゃぎ気味な一同に向け、老漁夫が高らかな声を張り上げた。

 

「そんきに、船を出すじゃなぁ〜〜!」

 

 見た目の年齢をまったく感じさせない、高音質の声音であった。

 

(これってきっと、ふだんから広い海ん中で漁ばしよんのやけ、自然と声帯が鍛えられよんやろうねぇ☎)

 

 孝治はポジティブ的に、声の良い理由を解釈してやった。


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