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『剣遊記番外編V』

第四章 邪教壊滅作戦。

     (9)

「な、なんずら? 今ん声ってぇ?」

 

 可奈にはてんで、声の正体がつかめなかった。だが司祭には、今の声が通じたようでいた。

 

「おおっ♡ ビホルダー様ぁ♡」

 

 憤怒の塊であった司祭の顔が、これにてたちまち、借りてきた仔猫に豹変した(矛盾)。

 

「ははぁーーっ☀☆」

 

 さらにいまだ右手に矢が刺さったまま、地面に仰々しくひれ伏した。こいつには痛覚が、本当に無いのだろうか?

 

「うううぅぅぅっ!」

 

 珠緒が声の聞こえた祭壇跡地に向け、警戒と威嚇のうなり声を上げた。最大の敵(ラスボス)がそこにいる――恐らく珠緒は、そのように認識をしたのであろう。

 

 その緊張感は、可奈もいっしょであった。

 

「……だいじょう……じゃねえずらね☠ とにかくちっとべぇ下がるずら☹☟」

 

 可奈は珠緒と美香を、やはり自分の背後に後退させた。この様子を端から見れば、まさに狼とカモシカを従えた女魔術師。そんな並びようである三人(全員、人である)の瞳の前だった。可奈の火炎弾で破壊された祭壇の地面が、突然ガッシャアアアアアアンンと大爆発。たくさんの木材の破片や石ころが、周囲にバラバラと散らばった。

 

 それからすぐだった。跡地の地面から、なにか得体の知れない怪物が、空中にビュンと躍り出たではないか。

 

「きゃっ! ほんにビホルダーずらぁ!」

 

 これは可奈の悲鳴。魔術師でも思わず声を上げるほど。登場した怪物は、まさに邪悪の権化の姿をしていた。

 

 それは人の眼球(しかもひとつだけ)を、そのまま悪夢的に肥大化させた、おぞましい外観。さらに単眼の周りからは、まるで髪の毛のような触手が四方八方へと広がり、そのひとつひとつの先に、これまたご丁寧にも眼球が付属されていた。

 

 また、体は球形で、全身緑色。巨大単眼の下には、ゾロリと生えそろった牙が並ぶ大口があった。

 

 これこそまさしく、悪夢の怪物――ビホルダーの本体に他ならないのだ。

 

 そのビホルダーが口を開いた。牙が生えそろった大口を。

 

「ナルホドネー……コノ魔術師、オマエラノ手ニ負エルしろもんジャナイヨナァ♠」

 

 意外にも牙だらけの口からは、流暢な言葉が漏れていた。

 

「コレホド強イナラモウイイジャン♥ オマエラハ下ガッテイイヨ☆」

 

「ははぁーー、仰せのとおり☻」

 

 ビホルダーのお言葉に従って、司祭が悠々とした仕草で、壊れている祭壇の前から十歩退いた。

 

「へへっ☠ これでおめえらもお終いだべえよ☠」

 

 そんな笑みを、口元で浮かべながら。

 

 お返しで可奈は言ってやった。

 

「いつまでもやせ我慢さしてねえで、早く自分の矢さ抜いたらどうずら? 見てるこっちが、痛くて痛くてたまんねえずら♐♐」


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