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『剣遊記番外編V』

第四章 邪教壊滅作戦。

     (4)

 祭壇は、昨夜可奈の目撃したとおりのままの階段式。それでも違いがあるとすれば、前回は深夜。今回が昼間だという、異なる時間に尽きるだろうか。おまけに昨夜の牡鹿の血が、まだベットリと付着したままでいた。無論きのうのきょうであるから、綺麗に掃除などする暇もなかっただろう。もっともこのような連中が、好んで清掃をやるとも思えないが。

 

 また崇拝集団の服装も、全員夜と同じ。頭から白い三角形の頭巾をかぶった、白装束姿になっていた。

 

 この服装になると、誰が誰やらまったくわからなかった。だけど祭壇の前で偉そうにビホルダー様とやらを称えている者が、例のハゲ司祭に違いないだろう。

 

 これは可奈にとって、二度目の悪魔儀式拝見となった。だがこのおぞましい儀式を知っている者も、今は可奈ひとりだけなのだ。

 

 悪魔信者たちは、このこと(可奈に見られていた)を知らないだろう。もっともそれも無理のない話。誰がいったい、人間が小さなリスに変身をして、樹木の間からこっそり覗いていることに、気づくと言うのだろうか。

 

 それからもうひとり、このことを知らない者が、今祭壇の前に引きずり出されようとしていた。

 

「ぴいーーっ!」

 

「うぐぅーーっ! ううっ!(美香ぁ!)」

 

 すでに邪眼の術は、解かれているらしかった。カモシカの姿で首に縄をくくり付けられている美香が、悪魔の祭壇まで三人の男たちによって、無理矢理に引っ張り出されていた。

 

 この状況は、昨夜可奈の見た牡鹿のときと、まったく同じであった。

 

 動物の場合だと必要はないように思われるが、人間――もしくはライカンスロープであれば、やはり話は別らしい。彼らは生け贄に供する犠牲者が、さらに恐怖でおののくよう、儀式の前にわざと、眠りの催眠術を解くようだ。

 

「さあ、来んかよぉ!」

 

 必死になっての抵抗を試みる美香に対し、さらに応援が加わったかたち。大勢で寄ってたかって、祭壇まで持ち上げようとしていた。その壇上では、斧を持った司祭が待ち構えていた。

 

 まさに司祭こそが、斬首刑の執行人なのだ。

 

「うぐぅーーっ!(美香ぁーーっ!)」

 

 可奈も再び猿ぐつわを嵌められているうえ、男三人によって体を抑えられていた。

 

 これでは魔術だけが頼りの綱である可奈は、反撃のしようがなかった。おまけにそもそも、肝心の魔力自体が、今も封印の憂き目をみているままなのだ。

 

 そんな可奈の見ている前でついに、司祭が大袈裟な動作で、斧を大きく持ち上げた。

 

 その真下、台の上では首を差し出されたカモシカ――美香が、思いっきりな最期のあがき。全身をバネのようにさせ、ジタバタともがき続けていた。

 

 まさに万事休す。

 

 親友の無残な死を見たくない可奈は、思わず瞳を閉じて、顔を右に背けた。

 

 その瞬間だった。

 

「ぎゃぼっ!」

 

 カモシカの断末魔の悲鳴――ならぬ、野太いヤローの叫びが、可奈の耳に飛び込んだ。


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