『剣遊記番外編V』 第四章 邪教壊滅作戦。 (16) 街道を西に進みながらで、可奈はその『もうひとり』に尋ねた。
「で、どうしてあたしらについて来る気になったかや?」
「どうしてったって……そりゃあなたたちが気に入っちゃったって理由じゃ、駄目かなぁ?」
その予想外であるもうひとり――珠緒は、愉快そうに答えるだけ。彼女にとっての普段着である野伏風衣装を身にまとい、背中には弓矢を入れた筒を、何本もヒモで結び付けた格好になっていた。
さらに珠緒が、返答に付け加えた。
「それに……あなたたちが働いてる未来亭ってとこに、なんとなく行ってみたくなっただけじゃん♡ ただそれだけだからよぉ✌」
「それだけって……おんしねぇ……☁」
考えもしなかった狼🐺少女の仲間入り志願で、可奈は眉間にシワの寄る気持ちになった。しかし思い起こせば可奈自身、美奈子に連れられて未来亭へと、なかばなし崩し的に、仲間入りをしたような立場である。それが今、自分自身が逆の立場になって、新入社員を紹介する話の展開になろうとは。
「これも因果応報……人生って不思議なもんずらねぇ〜〜☈♆」
「えっ? なんか言った?」
可奈の小言を、珠緒が鋭く聞きつけたようだ。そこのところは、さすがに山育ちのライカンスロープとでも言うべきか。都会育ちの同類とは、やはりどこかが違うものである。
「なんもこいてねえ♡ ただの独り言ずら♡」
可奈は苦笑気分で、頭を軽く横に振った。ついでに再確認をしておけば、可奈は珠緒を悪魔崇拝の一味だと思い込んだ疑惑を、この際一生口にはしないように決めていた。これを言ったらさすがに呑気そうな珠緒であっても、たぶん気を悪くするであろうから。
けっきょく、あの日の夜の珠緒の行動は、本当にただの水浴だけだった。
(ほんにまぎらわしいことするから、あたしが勘違いするんだにぃ☠)
この本音もいっしょに封印。可奈はすぐに、話を別方面へとそらした。
「それよりあたし、実は珠緒のことさ気に入ったんずらぁ♡」
「ほんとけー? わたしのどこを気に入ってくれたんね?」
すぐに珠緒が、話に乗ってくれた。やはり単純極まりなさそうな性格なので、可奈としては、してやったりの気持ち。内心で舌を出したりもする。
「珠緒の弓の腕前も相当なもんずらけど、それさ敵の背中からこっそり射かけるこすい戦法を、それこそなんのためらいもなしでやってのけるとこだら♥ これってなんだか、あたしと共通してそうなんだにぃ♡☀」
一応これでも、可奈流のお世辞。もっともこれでは、誉めているのか、それともけなしているのか。当然珠緒が、首を右に傾げる仕草となった。
「なんね、そんなことあんか? まあ、獲物から自分が見つからんようすんのも、狩人の鉄則なんだけどねぇ……確かにこすいって言えばこすいかもねぇ……☁」
それでも一向にめげるところを見せない姿こそ、狼少女珠緒の持ち味であるようだ。
「まっ、いいじゃん♡ とにかく長い山奥暮らしにもちょうど飽きてたとこだし、遠い九州のあなたの店で新しい生活始めんのも、人生の大きな転換点ってとこじゃんか♡ こう見えてもわたしって、実は都会暮らしに憧れとったんやけー☀☆」
「はいはい♡♥」
どうやら期待で胸をふくらませているらしい珠緒に応える可奈は、相変わらずの苦笑気分。その代わりと言うわけでもないだろうけど、カモシカの美香が、可愛らしい鳴き声を上げてくれた。
「ぴぃ〜〜♡」
これは美香なりの、歓迎の意――なのだろう、たぶん。
「ありがと、美香ちゃん♡ 同じライカンスロープ同士、仲良くしようじゃん♡」
「ぴぃ♡ ぴぃ〜〜♡」
珠緒と美香は、今やすっかり意気投合のご様子。そんなライカンスロープの娘ふたりを、まるで子供を思う親のような気持ち。
「まあ、ええだに♡ 面倒さこくんが、ひとり増えただけなんずらねぇ♡」
ため息とも苦笑とも取れる笑みを浮かべながら、可奈の足取りも、心なしか軽やかなものとなっていた。
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